オトナルカカ









先 生















「先生、先生、カカシ先生ってば!」
ナルトの声で俺は転寝から目覚めた。
「先生ってば!映画、見てなかったのかよ!」
「あー、悪い、寝ちまったな」
今日は二人揃っての休暇だったが、生憎の雨で、こうして家の中でゴロゴロ過ごしていた。
ナルトが借りて来たDVDを一緒に見ていたのだが、俺はついつい居眠りしてしまった。

「ちぇー、いい映画だったのになー。なぁなぁもう一回見る?」
「いや、いいよ」
何度見せられても、最後まで見られそうもない。
ナルトが好むような映画もドラマも俺にはあまり楽しめなかった。
イチャパラは芸術だと思うが、こう言う流行りのアイドルが主演の恋愛映画はくすぐったくていけない。
こう言う所に、こいつとのジェネレーションギャップを感じるんだよねぇ。


「ねぇねぇ、先生の初恋っていつ?誰?俺の知ってる人?」
「はっ?」
突然の矢継ぎ早の質問にあっけに取られたが、今の映画が初恋物だったらしいことを思い出し納得した。
「そういや、お前の初恋はサクラか?あ、もしかしてサスケか?」
「なっ、なんでそこでサスケが出て来るんだってばよ!」
俺の初恋の話なんてしても仕方ないから、ナルトの話に話しを振ってやれば、すぐに食い付いて来て、真っ赤になって怒鳴り返して来た。

「サスケじゃなかったのか」
ま、順当にいけばサクラなんだろうとは思うが、少しからかってやろうと重ねてサスケの名前を出してやった。
「サクラちゃんに決まっているってばよ!俺は女の子が好きだってばよ!」
と言ってから、しまったと言う顔をした。
ほんとわかりやすくって可愛いねぇ。
「違う、違う、違う、そう言う意味じゃないってばよ。サクラちゃんと先生とは、全く違うってばよ。サクラちゃんへの思いは憧れみたいなもので……先生はそのぉ……あのぉ……だーーーっっっ!!初恋ってそう言うもんだろ?」
そう言うもののそう言うがなにかはわからないが、ま、そう言うものなんだろうねぇ。

「だがなぁ、サスケとはキスまでした仲だと聞いたことがあるがなぁ」
慌てる姿がおかしくって、更に突っ込んでやった。
アカデミー時代の事故だったらしいが、なかなか笑える話だ。
「あ、あんなのキスには入らねー。ノーカンだってばよ!あー、それとも先生、妬いてんの?サクラちゃんやサスケに妬いてるってば?俺はカカシ先生一筋だってばよ!」
どこをどうしたら妬いているなんて話になるのかはわからないが、ナルトは恥ずかしいことを怒鳴り散らしている。
「あー、はいはい」
ナルトの話の飛躍っぷりにも慣れたもので、俺は軽く受け流した。


「本当に本当だってばよ。先生だって初恋くらいあるだろ?先生の初恋はいつだってばよ。教えてくれってばよ〜」
だけどナルトは俺の初恋話に食いついて来て、しつこい。
腕を揺すり五月蠅いくらい纏わりついて来る。
「初恋なんてなかったねぇ。お前ってことでいいんじゃない?」
「はい、嘘!そんなんで誤魔化されないってばよ。先生だって初恋の甘酸っぱい思い出くらいあるだろう?」
「甘酸っぱいねぇ……」
ナルトは興味津津の顔をして目をキラキラさせて俺を見詰めている。
全くこの底抜けに明るい顔と言い、目と言い、髪と言い、いつ見ても眩しいくらいだね。
今日はこんなに天気が悪いのに、と窓の外に目をやれば、雨は未だしとしと降り続いていた。



そう、あの日もこんな雨だった。






父が亡くなり、俺は一人になってしまった。
任務の無い日など、家に一人でいるのは耐えられなかった。
俺は、なるべく家にいる時間を減らそうと用も無いのに外をほっつき歩いて過ごしていた。

その日は、朝から冷たい雨が降っていた。
俺は傘もささずにあてどなく街をさ迷い歩き続けていた。
今、この里には、掟を破りついには自殺した忍びの息子に、傘をさし掛けてくれる者も、声を掛けて来る者もいなかった。
しとしとと降り続ける雨に打たれて俺の身体は芯まで冷え切っていた。
だが家にいても外に居ても、寒さに変わりはなかった。

歩き疲れて街外れの桟橋のたもとに立ち止まり、橋を行きかう人を眺めたり、滔々と流れる川をぼんやりと眺めていた。
どのくらいそこに佇んでいただろう。
誰にも顧みられない俺は、まるで透明人間か景色の一部になったような気になり始めていた。
そして俺の傍らを静かに通り過ぎて行く人々が、現実味を失って見え始めていた。
そんな時、ふと目の端に明るい色彩が飛び込んで来た。


金と赤

どちらの色がより強烈だったろう。
その場がぱっと華やぐような、火がともるような、冷たいはずの空気さえぽっと暖かさが増したような、そんな光が生まれ出る源を見たような気がした。


それは、一つの傘を仲良く差した一対の男女が放つ輝きだった。
金髪の男と、真っ赤な髪の女。
その金色は、俺にとっては見慣れた色彩でもあった。
金色が目に飛び込んで来た瞬間、頭で考えるより先にそれはミナト先生だと認識した。
わかった瞬間、なぜか俺はこの場から逃げ出したいと思った。
逃げ出したいと思ったのに、身体は竦んだようにピクリとも動きそうも無かった。
それでも、この場から消えてしまいたいと言う思いで心の中がざわざわとざわめいていた。
だが、同時に絶望的な諦めも感じていた。
この場から逃げおおせることは不可能だと本能で知っていた。
俺がミナト先生を認識したと同じくして、ミナト先生も俺の存在に気づいたと言うことがわかったからだ。
彼の目も確かに俺を見た。
俺は、黄色い閃光から逃げ切れると思うほど愚かではなかった。
この深い絶望と諦め。
これは黄色い閃光に遭遇した敵忍なら誰しもが味わう感覚と同じだったろうか。
ただし俺は敵忍ではなく、黄色い閃光の弟子だったのだが。



俺の佇む橋の袂とは逆の方向からやって来たミナト先生は、俺の姿を見るなり俺の元へ飛んで来た。
瞬身の術を使ったわけでもないのに、それはまるで飛んで来たと形容するほどの素早さだった。
赤い髪の女の人と一つの傘を差していたのに、躊躇いもせずミナト先生は俺の上に傘をさし掛けてくれた。
「何をしているのカカシ、濡れるよ?」
いつもと変わらぬ優しく穏やかな声だった。
任務の時の厳しい声も、厳しい顔も知っているが、日常のミナト先生はとても穏やかな人だった。
馬鹿みたいに雨に濡れて突っ立っている弟子を咎めるよりも、労わりが勝る暖かな声だった。

ミナト先生は、父の生前からなにくれとなく俺達親子を気に掛けてくれて、自宅にまで来てくれる人だった。
そして父の死後も、変わらず接してくれる数少ない大人の一人だった。
「もう濡れているから結構です」
俺は、身体をずらして傘から外れようとしたが、頭上を覆う傘は俺の動きに会わせるようにスッと着いて来た。
「先生、彼女が濡れてしまいます」
俺は先生の腕を押しやったが、それでも先生は傘を俺に差し掛け続ける。
俺は直ちにこの場から去らなければならない。

「ミナト」
少し遅れて赤い髪の女の人が、雨に濡れながら俺達のいる場所に辿りついた。
先生の名前を親しげに呼ぶ。
「ごめんね、クシナ」
ミナト先生は、多分、彼女を置いて来たこととか、傘を奪ってしまった事とか、ひっくるめて謝ったのだろう。
「いいってばね。その子がカカシくんだってば?」
燃えるような赤い髪は、背中を覆い波打っていた。
そのうねる赤い髪が雨に濡れて瞬く間に重くなって行くのが見て取れた。
だが、彼女もそんなことをまるきり気にする様子も無く自然体だった。
「そう、彼がカカシくんだよ。ぼくの弟子。サクモさんの息子さんだよ」
「はじめまして、うずまきクシナだってばね」
そして、その人は抗議するでも怒るでもなく、俺にも笑い掛けてくれた。
侮蔑や差別意識の感じられない笑みだった。

うずまき一族の名は聞いたことがある。
初代様の奥様と同じ一族だ。
そしてクシナと言う名も、俺はミナト先生の口から何度か聞いたことがある。
アカデミー時代の話しの中に良く出て来る同級生の名前だった。
明るく元気な女の子。
先生の噂話と寸分違わぬ容姿に雰囲気。
ああ、この人が、と俺は納得した。
うっとおしい雨さえ追い払うような明るい笑み。
ミナト先生の輝きとはまた違った燃えるような眩しさ。
じめじめとした暗さに慣れた俺の目には眩し過ぎて痛いほどだった。


「すみません。もう帰りますから」
俺はクシナさんの顔を直視できずに頭をぺこりと下げて、このまま立ち去ろうとした。
「傘を持って行きなさい」
ミナト先生が俺の手に傘を押し付けて来る。
だが、そんなことをされても受け取るわけにはいかない。
ますます雨脚が強くなって来ていた。
このままではみんなずぶ濡れだ。
「ありがとうございます」
御礼だけ言って、俺は頑として傘を受け取ろうとせず、その場から走り去ろうとした。
「待ちなさい」
先生の手が後ろから伸びて来て俺の右腕を掴み引き留めた。
掴まれた腕から先生の熱が伝わって来た。
その熱は一瞬で俺の心の奥にまで届き、全身にじんわりと染み渡るようだった。
その熱は暖か過ぎて俺は何故か泣きたい気分になったが、既に頭と言わず顔と言わず全身ずぶ濡れの俺だったから、涙なんて流れ出ることはなかった。

「一人で帰すわけにはいかないよ。送って行こう」
「大丈夫です」
父を亡くした俺を気に掛けてくれて、ミナト先生が優しいのはいつものことだ。
先生は先生だから、弟子に優しくしているだけだ。
優しくしないでください。
そん言葉が口をついて出そうになるほど俺は動揺していたかもしれない。
だけど俺の口からはそんな言葉も飛び出すはずもなく、顔色も変わらなかったはずだ。
今まで思ったことも無かったことが心の中に浮かびどす黒い影を落とす。
そんなふうに考えてしまった自分が情けなくて、俺は居た堪れなかった。
雨に濡れた姿が俺を一層みじめにさせ、切なく感じさせているのかもしれない。
「離してください」
静かな声で拒絶したが、自分で発した言葉にさえ己の心は傷つくようだった。
暖かな火がともったと思った胸が火に焼かれたように痛む。


「ミナト、いいこと考えたってばね!」
ミナト先生に掴まれた右腕を強引に振りほどこうと思った矢先に、明るい声が響いた。
「もうみんな濡れちゃったから傘は要らないってばね」
クシナさんはミナト先生の手から傘を奪い取ると、さっさと閉じて橋の欄干に引っ掛けた。
不思議そうな顔をするミナト先生に、雨を物ともしない満面の笑みで笑い掛ける。
「ほら、ここから一番近いのはミナトの家だってばね!みんなでミナトの家に行って御飯を食べるってばね!」
そう言うなり、クシナさんの手が俺の空いている方の左手を掴んで走り出した。
引っ張られて俺も仕方なく走り出す。
そしてもう片手を握っていたミナト先生もつられて走り出す。
クシナさんに掴まれた腕からも熱が俺の身体に乗り移る。
火傷しそうな熱が、俺の左手から身体中を駆け巡る。
そしてミナト先生が掴んでいる右手からも伝わる熱と一緒くたになって俺の中で一つになる。
熱くって、苦しくって、痛くって、切なくって、暖かくって……
滅茶苦茶な熱は、俺に降りしきる雨が蒸発しそうなほどだった。


「御飯は誰が作るのクシナ!」
そんな俺の感情を他所に、走りながらミナト先生が叫ぶ。
「ミナトに決まっているってばね!ミナトの方が料理は上手だってばね!ね?カカシ」
底抜けに明るい笑顔が向けられる。
ミナト先生は短い溜め息をついたけれど、その顔は呆れているでも怒っているでもなく凄く楽しそうだった。
「ん、クシナよりはましだよね。カカシ、暖かい物がいいかな。鍋にでもしようか?」
手をつないだまま、俺に並んだミナト先生が、いつもと変わらぬ笑みで俺にも笑い掛ける。
光り輝く金色の髪はぐっしょり濡れて黄金の輝きを失ってしまっていたが、変わらない笑みはやはり眩しかった。
涙が出そうなほど眩しかった。


その日、食べた鍋はとても暖かく美味しかった。
そして、何故か少ししょっぱかった記憶がある。


久しぶりに思い出した、あの雨の日の思い出……






「先生!先生!カカシ先生ってば!」
「あ、ああ」
「先生、目を開けたまま寝てんのかよ」
外を眺めながらぼんやりしていた俺を現実に引き戻すナルトの声。
自分から意識が反れていた事を咎めるように唇が少し尖っている。
「ああ、悪いな。まだ目が覚め切っていないようだ」
俺は想い出に耽っていた自分を誤魔化すように首を左右に振ってコキコキと骨の音を鳴らしてみた。
「大丈夫か、先生。疲れてんのか?」
不服をあらわにしていたナルトの顔は、今度は眉根を寄せた心配そうな顔になり、俺の顔をぐっと覗き込んで来た。
金色の髪が揺れる。

「ああ、大丈夫だ。だけどまだ眠いかな」
金色の髪を見ながら俺は目を瞬いた。
「仕方ねーなー。一緒に昼寝する?たまには二人でのんびり過ごすのも悪くないってばよ」
心配げな顔は、今度は悪戯そうな笑みに変わった。
「ニシシシシ」と、性質の悪い笑い声を零したかと思うと俺に飛びかかって来た。
「こら、重い!自分の図体を考えろ!」
俺よりも縦も横も成長した身体で押し潰されてはたまったものじゃない。
「今日は寒いかんな。カカシ先生の身体、あっためてやるってばよ」
まるで犬だ。
大きな犬のようにじゃれついて来る。
目の前で揺れる金髪がちらちらと目の奥を刺激する。
眩しいほどの笑みが俺に向けられる。
「今夜は鍋にでもするってばよ!」
「ああ、悪くないな」
俺が珍しくすぐに同意したからか、ナルトはちょっと驚いたように目を瞠り、またすぐに笑った。
この眩しい笑顔には際限があるのだろうか。
時折り、そんなことを思う。

だが悪くない。
ああ、本当に悪くない。
初恋は実らぬ物だなどと言うが、俺は、こんなに眩しい光とこんなに暖かな温もりを手に入れた。
やっぱり初恋はお前だと言うことにしておいてもいい。
「なに?なに?カカシ先生、なんだってば?」
「お前の作る鍋は美味いなって言っただけだ」
「愛が詰まっているからな!」
俺は黙ってナルトを抱き締めた。
確かに愛が詰まっていると思った。






end






あとがき
これはナルカカなんですが、四カカベースとでも申しましょうか……
説明に書いておくべきか悩んだのですが、読む前にネタがわかってしまうのも興醒めだと思って書きませんでした。
御不快に思われた方がいらしたら申しわけありません。

このお話は、雰囲気だけなんですが、森昌子さんの名曲「先生」をイメージして書きました。
古いですね(笑)御存知の方がどれだけいることやら……
良かったら歌詞だけでも検索して見てみてください。
管理人には、四カカに聞こえてしまって書かずにはいられなかった!
あの歌の歌詞では傘に隠れて見ていただけなんですが、隠れていたってミナト先生にはばれちゃうよね(笑)
と言うわけで、ばれた所からお話を進めてみました。
わかりにくかったかもしれませんが、カカシくんは、ミナト先生がクシナさんと一緒にいる所を見て、自覚していなかった仄かな恋心にぼんやりと気づいてしまい、その後、一瞬で失恋したことまで悟ってしまった……と言う切ない話だったんですよ(笑)

「俺はミナト先生に自分が仄かな恋心を抱いていたことを知り、それを自覚したと同時に失恋したことも知ったのだった」

なんて文を回想の最後に入れようか悩んだ結果、削ってしまったのですが、入れ無くて正解だったのか……
どうだったでしょうか?


2013/11/19




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