クアドラプル スクランブル


ver.カカシ














ナルトの俺を見る目が変わってきたことに気づいてしまったから、そっと予防線を張り巡らせた。
ナルト本人さえ、まだ気づかぬ思いに先に勘付いてしまうなんて自分でも笑えるけれど。
きっとあの子の中で、まだ形にならない思い。
まだ名前さえない思い。
そんな小さな変化に気がつくほど俺の神経はナルトに向いていたと言うこと。
そしてその瞬間から俺の心に巣食ったのは、歓喜と絶望だった。

ナルトに気づかれてはいけない。

ナルトに気づかせてはいけない。

俺はあの子に悟られぬように細心の注意を払って、そっとそっと距離を置き始めた。
ナルトには気付かれないように、少しずつ少しずつ、離れて行く予定だった。


ずるい大人だって思われたっていいよ。
汚い大人だって思われたっていいよ。
臆病ものだと思われたって構わない。
全部、本当のことだから。



ナルトに捕まったら最後。
俺はきっともう逃げられない。
それは何年も何年もかけて、噛み締めるように思い知らされてきたこと。
誰しもナルトの側にいればあの子に惹きつけられずにはいられない。
一番側にいた俺だから、そんなことは一番身に染みてわかっている。

あの子の全てが魔力のように俺を引き付ける。
魔力って言うよりあの子は太陽そのものみたいな磁力を持っている。
太陽なんてものは遠くから眩しそうに見上げるからいいもんであって、手に入れようなんて考えるものじゃないよ。
太陽を手に入れようとした者の末路なんてお決まりだ。

俺はあの子の腕の中で焼け焦げて死んでしまっても構わないとさえ思いもしたけれど、俺は構わなくっても、腕の中で黒焦げになって行く俺を見てあの子はどう思う?
そんな悲しみや苦しみを、与えたくはないよ。
この世で一番、あの子の幸せを願っている俺が、そんなこと出来るわけがない。

そうだよ、これがずるい俺の建前。



ある日、ナルトは必死の形相で俺の元へやってきた。
そして、自分はもう死ぬんだと言った。
俺は心臓が止まるほど驚いた。
「カカシ先生が俺のこと忘れちまったから、俺のことを嫌いになっちまったから、俺はここが苦しくなって…死んじまうんだってばよ!」
って、本当に苦しそうな顔をして胸をおさえ怒鳴る声を聞いて、俺の心に一瞬にして、暗い悦びがともったことに気付かれなかっただろうか。
歓喜と言う名の甘い悦びが走り抜けたけれど、俺は師の顔を取り繕ろって、大人の詭弁でナルトを宥めた。
一人前の忍びだと思うのなら、一人立ちしなければと……

ナルトの告白を聞いてからと言うもの、俺は喜びと絶望と言う嵐の真っただ中に放り込まれたみたいだった。
もうこれですべては終わったと絶望する心の中で、確かに俺は暗い喜悦を感じ、もしかしたらと言う一縷の希望に縋りつく。
人間ってなんて浅ましくって弱い生き物なのだろうと、己を嘲笑うしかなかった。



そしてまたある日、ナルトはとんでもなくあの子らしく、真正面から突っ込んで来た。
「先生が好きだ。先生の全てが欲しい「好き」だってばよ!」
鬼のように真っ赤な顔をして、告白とは程遠い形相で、鼓膜が破れるほどの大声で叫んだ。
あの子の声がびりびりと俺の心を震わせた。
そして身体が震えだし声さえも震えてしまうのに、気付かれなかっただろうか。

「ありがとね、ナルト。でもお前は勘違いしているだけだよ。俺達は結構、長いこと一緒にいたからね。恋心と思慕と勘違いしているんだよ。時がたてば、一時の気の迷いだってわかるよ」
ナルトにとって俺は、卵から孵った雛が最初のに見た親鳥みたいなもんなんだからね。
親愛の情を恋愛感情と履き違えてしまっているんだよ。
一時の気の迷いで、俺なんかの手を取っては駄目。
そんな風に、ナルトに言い聞かせるふりをして自分自身をも戒めた。


ナルトはこれからどんどん伸びて行く若い芽だ。
どこまでも大きく広く豊かに育って行く瑞々しい若木だ。
ナルトの隣を一緒に進んで行くのは、同じように伸びて行く芽がいい。
これから綺麗に咲く花がいい。

そんな子の隣に並んでどうやって俺が着いていける?
一回り以上年上で、とても褒められた生活をして来たもんじゃない暗部崩れのあばずれ上忍で、男の恋人なんかを持って何の得がある?
得があるどころか、いい笑い物だよ。
ナルトには、もう誰一人、後ろ指なんかささせやしない。
日のあたる道だけを歩んで欲しい。
ナルトにはそうなる資格があるんだから。


そしてこれも、臆病な俺の建前。



「そうじゃないってばよ!俺は先生の全てが好きだ。先生だって!」
その続きは聞きたくないよ、ナルト。
その続きは言葉にしてはいけないよ。
俺は耳を塞いで、ナルトから逃げた。

全力でナルトから、ナルトの心から逃げた。
なりふり構わず己自身から、己の本心に背を向けて逃げ続けた。

最近では、すっかりの遊び人のレッテルも剥がれて大人しいものだったけれど、あえて派手に遊んでみせた。
駄目な大人だって、私生活はとんでもなくだらしのない男だってナルトの耳にも届くのは時間の問題だった。

それなのに逃げても逃げても諦めずに追いかけて来るナルト。
いつしかあの子は男の顔をして、生意気な口さえ叩くようになった。
俺が無理をしているように見えるって。
「カカシ先生、俺にしちゃいなよ」って。
それはなんと言う甘美な誘惑だったろう。
「無理ってなんだよ。あんた年下だって、教え子だって、男相手だってかまわないじゃん。それがトリプルでそろっていたって今更だろ」
ナルトには俺の拒否の言葉は全て言い訳にしか聞こえなかったようだ。



伸ばされる手をかわして逃げ続ける。
決して捕まってはならない。
ナルトの幸せを願う俺は逃げ続けるしかなかった。
けれどずるい大人の俺は、逃げ惑いながら、心の中どこかであの腕に捕まってしまうことを願ってもいた。

きっと、ナルトの腕は、俺を捕まえたら二度と離さないだろう。
ナルトの腕の中に包まれたものは幸せに満ち足りて暮らしていけるだろう。
誰よりもナルトを知る俺だから、ナルトの情がどれだけ厚いかも知っている。
俺が立ち止まってナルトの手を取りさえすれば……
祈りと渇望。

けれど、絶対に立ち止まってはいけない。
俺は足を止める日は来ないと諦めに似た思いで確信もしていた。


相反する気持ちが錯綜する。


自戒も理性もかなぐり捨てて、本能の赴くままにナルトを求め手に入れたとしても、幸せが続くわけはない。
あの激情に流されて一時の快楽を手に入れたとしても、きっとそれは一時の幸せでしかないだろう。
その後、臆病な俺はきっと、ナルトをいつか失う恐怖に怯えながら暮らし続けるだろう。
いつかナルトにふさわしい相手が現れたら綺麗に身を引いてあげなくっちゃね、なんて物わかりのいい年上の恋人を演じ続けて行くんだろう。
そうだよ、ナルトを手に入れると言うことは、一時の夢と共に、永遠に続く不安と恐怖を手にすると言うことだ。

そして俺は、自分でもわかっている。
失う悲しみに耐えて生き続けるなんて、もう俺には耐えられそうもないってことを。
きっと俺は見苦しく縋ってしまうだろう。
未練たらしく策略さえ凝らしてしまうかもしれない。
狡賢い俺はナルトには気付かれないように、ナルトの視野を狭めて俺だけを見詰めさせるように誘導さえしてしまうだろう。
ナルトにふさわしい相手を望む同じ心で!
そんな醜い己に反吐を吐きつつ、俺はナルトの前で笑うんだろう……

だったら最初から幸せなんて手に入れなければいい。
幸せは、遠くから眺めているだけでいい。

それが、臆病な男が学んできた賢い生き方だった。



ナルト、お願いだから、早く俺を捕まえて。

ナルト、愛しているから、早く諦めて。


そして誰よりも、何よりもお前の幸せを願う、これだけが俺の真実だった。




「なんで先生はそうなんだってばよ!先生が自分を大事にしないなら、俺が貰うってばよ。先生の身体も心も俺が貰うってばよ。そしたら俺は、誰よりも何よりも先生を大事にするってばよ!」

駄目だよ、ナルト。
俺の願いはお前の幸せだもの。

「絶対に後悔はさせない。絶対に離さないってばよ」

違うよ、ナルト。
いつか後悔するのはお前の方。

「絶対に幸せにするってばよ!」

違う、違う、違う!
俺ではお前を幸せに出来ない。

「カカシ先生がいてくれるだけで幸せだってばよ」


ナルトの激情を叩きつけられた俺は、もう成す術もなかった。
ナルトの腕は熱は想像を遥かに超えて力強かった。
恐慌に震える身体を強く優しく抱きすくめられる。
ナルトの俺を呼ぶ声も、抱きしめる腕も胸もその熱情も、心が震えるほど心地よかった。
俺の虚しい抵抗は、ナルトの前に捩じ伏せられ、ナルトの熱に巻き込まれ、ナルトの全てに覆い尽くされた。
これが最初で最後の快楽ならと流される浅ましい身体ごと浚われる。

喜びと後悔がくるくると入れ替わる。
逃げ切れなかった弱い自分自身に対する懺悔。
そして、贖罪。
全てが、押し流され、引き裂かれ、焼き尽くされて行くようだった。

「先生が好きだってばよ」
何度も何度も揺さぶられて、欲望を叩き付けられて…

「先生だけが欲しい」
抵抗しながらも縋りつく俺を強く抱き込んで…

「ずっとずっと先生だけが好きだった」
ぐしゃぐしゃになってしまった俺の顔を舌で辿って…

「先生、先生、俺を嫌いにならないで…」
やはり涙を流してぐしゃぐしゃになった顔を押し付けて…

「先生、俺を愛して……」

ナルトが俺の中に流れ込んでくる!

「俺の幸せはカカシ先生が、ここにいてくれることだってばよ」

ナルトの熱が俺を満たす。


「カカシ先生、愛してる!」



そして陽が昇った……







end








2008/10/04


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