テンカカ   暗部時代   テンゾウの甘酸っぱい青春のひとこま 








鬼が笑う

   












「ひぃーーっっ、こ、今年もボクが鬼なんですかぁ?」
暗部隊舎の中の一部屋、待機所に入った途端、四方八方からボクめがけて、豆が飛んできた。
ボクの身体に当たった豆がパラパラと床に落ちる。
たかが豆、されど豆……
暗部の精鋭たちが投げつける豆は、チャクラでも流し込んでいるんじゃなかろうかと思うほど、痛い……
ボクは避けることもできずに頭をかばって情けない声を出した。

去年の忌まわしい記憶が蘇る。
この暗部待機室に先輩達があらかた揃った頃、一番の年長者の「節分始め!」の合図とともに、一斉に豆がボクめがけてぶつけられ始めた。
ボクは先輩たちの「鬼は外」の怒号を浴びながら、隊舎の中を駈けずり回り逃げ回る羽目になった。
部屋を出て廊下、トイレ、シャワールーム、ロッカー室と、どこに逃げても逃げても、逃げ切れるものではなく、次々に浴びせられる豆の痛かったこと。
幾ら暗部の伝統だと言え、あれは苛めじゃないですか……


「な、なんで、今年もボクなんですか……」
「仕方ないねー、お前が最年少なんだから」
部屋の奥のソファに寝転がって書類を捲っていたカカシ先輩がちらりとボクに視線を投げてよこした。
「で、でも……」
「それともお前、先輩に向かって、豆をぶつけたかった?」
「と、とんでもないです!そ、そんな滅相もない!!」
ボクは慌てて首をぶんぶんと横に振った。
先輩と言っても色々ある。
他の暗部の先輩ならまだしも、カカシ先輩に向かって豆を投げつけるだなんて、恐れ多い。
そんなこと、このボクに出来るわけはない!


「まあ、お前が投げた豆に当たる奴も、いないだろうがな」
鳥の面をかぶった先輩が、面の奥でカラカラと笑う。
「そりゃそうだ」
釣られて周りの先輩たちも笑い出す。
麗しのカカシ先輩にボクが豆をぶつけることが出来ないのと、それとこれとは別だ。
「そ、そんなことないです。ボクだって、先輩に豆くらい当てられます」
ボクは些かむきになって言い返してしまった。

「無理無理、あのコントロールじゃな。当たるのは象か、止まっているカメくらいだろ」
「違いない。それか味方に当たってりゃ世話ないよな、お前の手裏剣みたいに、がははははは」
先輩達は、先日のボクのちょっとした失敗談を掘り返しては、大受けしている。
いや、あの手裏剣は先輩がまさか潜んでいるとは知らずに……
だって作戦では、あの時、ボクは……
言い返したいことが山ほどあったが、口をへの字にして耐えた。


「子どもを苛めるのもそのくらいにしときなさーいよ」
ああ、慈悲深いボクの女神さまが、救いの手を差し伸べてくれた。
子ども扱いにはちょっと引っかかるが、流石、慈愛の女神様です、カカシ先輩!
「確かに、考えてみたらお前だけ二年連続じゃぁ可哀想だーね」
はい、ボクは暗部の最年少であり、ボクより若い部員は滅多に入って来ないらしいんです。
でもボクは暗部に入隊出来て光栄です!
カカシ先輩と一緒に働けて幸せです!!

「そうだぁねー、誰か、代わってやりなよ、ん?」
カカシ先輩はソファから起き上ると、悩ましげな表情で回りにいる仲間たちを見廻した。
鳥の面の上にカカシ先輩の視線は止まった。
カカシ先輩の綺麗な深い青い青い右目に見詰められた鳥の面の先輩は、慌てて頭を横に振った。
カカシ先輩は今度は無言のまま、鳥の面の隣にいた虎の面を見詰めた。
やはり虎の面も激しく首を横に振った。
カカシ先輩の視線が、部屋の中にいる暗部の部員に順番に回される。
が、みな、カカシ先輩に見詰められる前から首を振ったり、視線を合わせないようにしたり顔を反らし始めた。

「ふー、仕方ないね、じゃあ今年は俺が代わってやるよ」
「カカシ!」
「カカシ!!」
「カカシ先輩!」
ギョっとしたような非難のような悲鳴のような声が複数、部屋中から上がった。
勿論、ボクもだ。
だ、だって、そんな恐れ多いこと、ボクには出来ません!

「い、いいです、カ、カカシ先輩。カカシ先輩にこんなことを代わって頂くなんて申し訳ないです。ボクがやります!今年も、ボクが喜んで鬼役を務めさせて頂きます!」
「そうだ、そうだ、何もお前が代わる必要はないだろう」
と、今度は皆が首を縦に振る。
「だって、誰も代わってやんないんでしょ?一番若い奴が鬼になるって言うのはしきたりだから、去年は仕方ないとは思ったけど、今年もだなんて可哀想じゃない」
「だからって、お前が何も」
「ふふ、俺が鬼になって逃げたんじゃ、ついて来れない?鬼に当たらないんじゃ豆まきにならない?」
「……いや、……その……」
皆が口籠る。
カカシ先輩、そ、そうじゃないと思います。
誰もカカシ先輩に向かって豆をぶつけるなんて恐れ多いこと出来ないんだと思いますよ。
そうは思ったが、若輩者のボクは口を噤んでいた。


「テンゾウはどうだい?お前は?」
「ボ、ボ、ボクはっ……カカシ先輩に、そ、そ、そんなこと……でっ、でっ、でっ……」
「他のみんなは自信なさそうだから、ね、テンゾウ、だったら二人だけで豆まきしようか?」
「はっ?」
ボクは先輩が何を言っているのかわからず、アホみたいにポカンと目と口を開けて聞き返してしまった。
「そーだよね、何も全員で鬼一人に向かって投げつける必要はなーいじゃない。ようは鬼を払えばいいんでしょ?そう言う行事なんだよね。ね、テンゾウ?」
ね?と言って、カカシ先輩がボクに向かって可愛らしく小首を傾げる。
ああ、麗しいのになんて可愛い可憐な姿なんです、先輩!!
し、しかも、二人だけでの豆まきですか?
こ、このボクを、このボクだけを誘ってくださるんですか!!

ふ、二人だけで?

先輩が鬼で、ボクが……

こ、このボクが、逃げる先輩を追い掛けるんですか?

ふふふ、テーンゾー、掴まえてごらんなさーーい……

せんぱーーーい、カカシセンパーーーイ、待ってくださいよぉっっっっ!!!!

うふふふふ、ほら、テンゾー、俺はここだよ、早くつかまえてちょうだーい……

せんぱーい、カカシせんぱーい、待ってーーーーーー!!!!!!!!!!

ピンクや黄色や白やオレンジ、色とりどりの可憐な花畑の中、美しいボクの先輩が銀色の輝く髪をたなびかせて蝶のように軽やかに踊るように優雅にひらひらと走り回る。
それを追いかけるボク……
ああ、夢のような光景……
白魚のような指が、ボクを誘う。

テンゾウ、テンゾウ、俺を掴まえてぇーーーーー

ああ、せんぱーい、待ってくださーーい………カカシせんぱーーーい……


「テンゾウ?テンゾウ?」
「うわっっっああっっっっ、は、はっ、はいぃぃぃっっっっっっっっ」
カカシ先輩の声に、はっとしたボクは、目の前にカカシ先輩の顔があって驚きの余り声が引っ繰り返った。
目は開いていたはずなのにいつの間に……
お花畑の中のカカシ先輩はとっても可憐で美しかったです!
いえ、目の前にいるカカシ先輩も、世界で一番、美しいです!

「よし、決まった、今年は二人でやろうね。はい、豆」
声も顔も、その白い指も!!
ボクは先輩の白い指から受け渡された豆が山盛りに入れられた一升舛を思わず受け取ってしまった。
「本当にやるのか……?」
ボクの声じゃない。
鳥の面の先輩が、恐る恐る念を押すように問い掛けた。
カカシ先輩は当たり前のように頷いて、
「この隊舎の中を、一通りまいてくればいいんでしょ?お前たちは手出し無用だーよ。いいかい、テンゾウ、本気でおいで」
そうボクに声を掛けた。

「カ、カカシ、雷切りは禁止だ。それと写輪眼も」
「いやだねぇ、こんな子ども相手にそんなもの使うわけないでしょ」
カカシ先輩は、頭の横に引っ掛けていた狐の面を正面に被り直した。
ボクはそんなに子どもじゃないです。
そ、それに、ボクは……
「テンゾウ、お前は……」
鳥の面の先輩は、今度はボクに向き直り、何か言いたそうにしながらも、言いにくそうに語尾を濁した。
「テンゾウ、お前は、全力でいけ。ただし、隊舎を破壊するのもほどほどに。後で修理は自分でしろよ」
「……は、はい……」
全力でだって?
みんなしてボクを子ども扱いして……
豆まきひとつするのに、全力なんて出してどうする。
ボクだってこれでも暗部の次期エースの予定……のはず……
カカシ先輩に次ぐエースになる予定なんだ……
そのつもりだった……はずなのに……



「節分始め!」の合図とともに、ボクは目の前の先輩に、ぶつけると言うよりは、パラリと掛けるように遠慮がちに豆をまいた。
まいたつもりだった。
が、カカシ先輩の姿は、その時、既にボクの目の前から消えていた。
「えっ?」
「テンゾウどこを見ている」
「えっ?えっ?」
後ろから聞こえたカカシ先輩の声に振り向きざま豆を投げたが、豆はどこにもぶつかることなく床にバラバラと落下した。
「テンゾウ、四時!」
他の先輩たちの囃し立てる声に混ざって、カカシ先輩のいる方角を支持する声も飛んで来て、ボクは声の指し示す方角に豆を投げた。
が、やはりそこには既にカカシ先輩の姿は無く、猪の面を被った先輩に盛大にぶつかった。

「ほら、テンゾウ、こっちだーよ」
「おい、テンゾウ、俺にぶつけてどうする!」
「テンゾウ、掛け声、掛け声!鬼は外だろ!」
「テンゾウ、二時の方角!」
「うわっ、こっちに来るな!」
「テンゾウ、こっち、こっち、鬼さんこちらーだーよ」
カ、カカシ先輩、待ってくださーい!
鬼は、鬼は、先輩なんじゃないんですかーーーーー。
「さあ、次は廊下に行くよーー」
待機室の扉をくぐり廊下を駆け抜けて行くしなやかなカカシ先輩をボクは夢中で追いかけた。
そして渾身の力を込めて、一升舛の中から掴み取った豆を、後ろ姿に向かって投げつけた。
一瞬、豆は先輩の背中に届いたかと思われたが、フッと先輩の姿はかき消える。
思わずきょろきょろと辺りを見回してしまったボクの肩を、とんと叩かれ、ボクは大きく仰け反る始末だった。

「テンゾウ、しっかりおし!」
「うわぁっ、カ、カ、カカシ先輩っ!!」
もうボクは、先輩に豆をぶつけるなんて恐れ多いだなんて言っていられなくなった。
豆の一粒たりとも、当たらないではないか。
無我夢中で追いかけ、背中を目掛けて豆を投げつけた。
ホホホ、俺を掴まえてごらんなさーいとばかりにボクを翻弄して、疾走するカカシ先輩は神々しいばかりに美しい。
ひらりひらりと蝶のように舞い、まるで羽根が生えた妖精のようにボクの周りを美しく踊る。
美しいが速い。
速過ぎる!!
もしや、これはあの四代目直伝の時空間忍術?
くるりくるりと駆け巡る先輩を追いかけて、隊舎の中を右往左往しまくった。
はあはあ……ぜえぜえ……
ボクの息は弾み肩で息をするようになってしまったと言うのに、逃げる先輩は涼しい顔で息ひとつ乱していない。

一応、ボクを応援してくれていたらしい他の先輩たちの声が耳に痛い……
「ちっ、これじゃあ、賭けにもならねーな」って、賭けをしていたんですか!
神聖な節分の行事になんてことを!
「テンゾウ、そんなんじゃ鬼は払えないぞ!一粒でいいから、当ててみろ!」
む、無茶を言わないでください。
ボクはもうへろへろだった。
「テンゾウ、この部屋が最後だーよ」
廊下の突き当たりの部屋に先輩が駆け込んだ。
あそこは、掃除道具が詰め込まれた物置同然の小部屋だ。
あの部屋は本当に狭い。
隠れるような所もない。
そうだ!

ボクはへとへとでよろよろな足を叱責しながら先輩の後を追い、開け放たれたままの扉から室内に向かって、最後の力を振り絞って盛大に豆を投げつけた。
「鬼は外!!!!!」
バチバチバチバチ!!!!!!!!
狭く暗い物置の奥、電気が放電するような音が鳴り響き、まばゆいばかりの青白い光が放たれていた。
カカシ先輩の身体が、この世のものとは思えない美しい光りを放ち、投げつけられた豆を弾き返す。
豆は先輩の身体に一粒たりとも当たることなく、バラバラとそのまま床に落下した。
面を外して素顔をさらし光り輝くカカシ先輩、その余りにも美しい光景にボクは見惚れた。
何と言う美しい鬼だろう……
ああ、カカシ先輩……
一歩、足を踏み出した途端に、ボクは床に落ちていたモップを踏んづけ足を滑らせた。

「うわっっっっ」
「あ、テンゾウ、あぶなーいよ」
慈悲の女神、美の化身、カカシ先輩がボクを救おうと腕を伸ばしてくれる!!
先輩!ボクを救ってくれるんですか!
その白き腕で、このボクを抱きしめてくれると言うのですか!!
ボクは感激です!!!
「うわっ、豆がっ……」
えっ?えっ?えっ?えーーーーっっっっっ?
ボクの身体を受けとめようとしてくれていた先輩が悲鳴を上げて、なぜか後ろに倒れて行く。
す、すみませーん、ボクの身体も持ちこたえられそうもありませーん。
何と言うことだろう、先輩の身体を下敷きにしてしまうなんて!!!

あ、あ、ああああーーーー、先輩の美しい顔が迫って来る!!!
むにゅっ!!!
な、なんだこの柔らかな感触は?
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
先輩の花のような唇と、ボクの唇が!!!!!!!!!!!!
こ、これは、もしや……

せっぷん!!!!!!!!!!!!!!!!!


ボクは今まさに、麗しの憧れのカカシ先輩と口付けを交わしている!!!!

ああ、節分って素晴らしいですね!!!!!!!!!!!!!



「テンゾウ?テンゾウ?」
「おい、テンゾウ、しっかりしろ!」
「駄目だ、こいつ、目を開けたまま気絶しているぞ!」
「テンゾウ!テンゾウーーーー?」





と言うのが、ボクの甘酸っぱいファーストキスの思い出だよ。
あの頃のカカシ先輩は、優しく強く美しく可憐だった!
今だって、カカシ先輩は厳しくも美しく慈悲深いボクの愛と美の女神様だ。
そして、昔も今も変わらず、カカシ先輩の唇は柔らかいって言うのは内緒だよ?







end








あとがき

節分とバレンタインが出会っちゃいました!異色のコラボ!!
なーんて、節分に考えていたお話ですが、間に合わなくって、放り投げていたんですが、
あまーいお話と言うことで、季節外れでもいっかーと言うことでアップしました。
しかもエロなしだったので、とりあえず表のssに入れることにしました。
あまーいお話と言うのも、やや誇張し過ぎ(笑)
実は節分と接吻を掛けたオヤジギャグな話を書きたかっただけと言う……
出会ったその日から、テンゾウはカカシ先輩に首ったけ!だったんでしょうねー、
その気持ちがずーっと続いているテンゾウですね!


2010/02/13


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