2015年NARUTO展の特典『新伝・風の書』《カカシ先生の素顔を暴く》で御開帳された
カカシ先生の素顔のネタバレがあります。




カカシが上忍師になる直前のテンカカ      22×26くらい









頤の雫



おとがいのしずく














ああ

こんな所が感じるなんて

知らなかった

まさかこんな未知の感覚が

まだこの身体に残っていたなんて

甘美でそれでいて恐怖にも似た妖しい感覚だった

初めて知る感覚に俺は戸惑うばかりだった











テンゾウの指が俺のマスクに掛かった。
その指は酷くゆっくりと動き、じれったいほどの時間を掛けてマスクを喉元まで引き下げた。
俺はテンゾウの指の動きに連動するように視線を伏せた。
テンゾウの表情はわからない。
わからないが、俺の顔を穴の空きそうなほど見詰めている。
視線が痛い。
あまりの居心地の悪さに、俺はベッドに座ったまま身動ぎも出来ずにいた。









テンゾウに素顔を晒すのは初めてではなかったが、こんなにあからさまな視線を向けられるのは久しぶりのことだった。
こんなに暑苦しいほどの視線で見詰められるのは、テンゾウに初めて素顔を見せた時以来ではないだろうか。
俺の顔を初めて拝んだ時、テンゾウは丸い目を更に丸くし、かなり長い時間呆けていた。
だが、俺にとってそんな反応をされることは珍しいことではなかった。
俺の素顔を初めて見た人間はだいたい同じような反応をした。

俺は自分のことは良く知っていた。
自分の頭脳の程度、体力の有無、忍術の得意不得意、弱点利点などなど、自身の全ての能力を端的に把握し、使いどころを間違わないことは忍びとして当然のことだった。
容姿についても然りだ。
『くの一』ならずとも、忍として容姿が武器になることもある。
そして自惚れではなく俺の容姿は武器になった。
俺は自分の姿形が人の目にはどう映り、どんな影響を与えるのか十二分に把握していた。
この顔を晒せば女も、そして男も見惚れることは良くあることだったのだ。

だから俺は、この顔を暗部の裏の仕事で有効活用していた。
ターゲットに素顔で近づき油断を誘うことなど朝飯前だった。
囮捜査等にはうってつけとも言えた。
だが諸刃の剣とは良く言ったもので、敵に有効なばかりではなく、仲間にも良く効いたのだ。
俺が素顔を晒していては他の隊員が仕事にならないことがままあった。
まともに俺の顔を見られない者もいれば、挙動不審になる者や、ちらちらと俺の顔ばかり盗み見て、あろうことか木から落ちる者が続出した。
里の精鋭である暗部が木から落ちるとは何と言う無様なことかと呆れるばかりだった。
敵ならば、俺の顔を拝んが最後あの世送りか、もしくは幻術で記憶を改竄すれば済む話だった。
だが仲間に幻術を使って精神を破壊するわけにもいかず、極力仲間には素顔を見せぬようにし、囮任務が終わればさっさと顔を隠すのが常だった。

テンゾウが暗部に入って来て、しばらくたってからのことだった。
テンゾウと二人で組んだ任務で、なかなか手強い雷遁使いとやりあった事があった。
敵の雷遁を千鳥で相殺した結果、俺の面は弾け飛び、忍服もマスクもボロボロになってしまった。
勝利はしたがチャクラももう限界だった。
「先輩、大丈夫ですか!」
後ろから木遁で援護していたテンゾウが駆け寄って来て、膝をつきそうになる俺を支えた。
俺の顔を覗き込んだ瞬間、奴は俺の顔に釘づけになり呆けた顔をして固まったのだった。
俺の顔に不躾な視線を向けたまま全く動かなくなった。
慣れた反応だったが、俺はそんなテンゾウがおかしくて、くすくすと笑ったのではなかったか。
俺の笑い声を聞いてテンゾウは赤くなったかと思えば、次の瞬間には何故か蒼褪めて、「すみません」と繰り返し謝った。


以来、テンゾウとは何度も死線を共にしているので、やはり何度もテンゾウの前でチャクラ切れを起こしたり、ぶっ倒れたり、病院に担ぎ込まれたりしている。
だから何度も顔を見られているはずだが、最初の時以降テンゾウがそこまで激しい反応を見せたことは無かったはずだ。
ただしテンゾウは、マスクをしていてもしていなくても俺のことを見詰めている事は良くあった。
盗み見ていると言った方が正しかったろうか。
勿論、俺は最初からテンゾウの視線にもその意味にも気がついていたが、気がつかないふりを通して来た。
他人の視線にいちいち構っていては切りがない。
特別視されることも特別な感情を向けられることも慣れっこだったのだ。

最初の頃は、まだテンゾウにも可愛げがあったが、段々に図太くなり、俺に向ける視線も図々しさが増して行った。
俺が気がついていることを知りながらも、熱い視線を寄越すことを止めなかった。
それでも、俺は素知らぬ顔を通して来た。
そうすることが、事を一番穏便に済ませられる方法であり早道だと経験上わかっていたからだ。
俺の顔に見惚れて抱く劣情など一時のものだ。

もし一目惚れ以上の感情が芽生えたとしても、それはそれで勘違いのようなものだ。
暗部と言う環境は忍の中でも更に特殊な場所だ。
生と死が近い。
そして閉ざされた世界では仲間との距離も近い。
吊り橋効果とでも言えばいいのだろうか。
めまぐるしく生と死に直面し、助けられたり助けたりと危機一髪な任務を繰り返せば、愛だ恋だと錯覚することはままあることだった。
だが生き延び、熟練して行くほどに、全てに慣れて全てに冷めて行くのだ。
セックスも単なる生理現象かストレス発散の一つに過ぎなくなる。


暗部に入って来た頃のテンゾウは、まだ子供子供した容姿で一見女の子みたいだった。
年齢の割に幼く見えたが、見た目よりも内面はかなりしっかりしていたと思う。
どちらかと言うと小生意気な頭でっかちな印象の子供だった。
忍びの里ゆえ不幸な生い立ちを負った子供などざらにいたが、中でもテンゾウは特殊な育ちをしていた。
それゆえか、所々情緒面に綻びがあると言うか、一般とは掛け離れた感覚を持ち合わせていたようにも思う。
だが一癖も二癖もある輩の集まりの暗部において、多少人格が変わっていようが歪んでいようがそんな事は些細な問題だった。
テンゾウは俺の班に配属され変人揃いの仲間に揉まれ、あっという間に馴染み立派な暗部となった。

一人前になったと言うのに、それでもテンゾウは馬鹿みたいに俺を崇拝し、俺の後を追い掛け、俺を慕い続けて来た。
そしてテンゾウの俺を見る目も年を追うごとにあからさまな欲望をはらみ、ねっとりと絡みついて来るようになって来た。
憧れが高じた恋心など熱病のようなものだ。
良く言えば慎重、悪く言えばしつこいテンゾウの性格ゆえ、一番初めに面倒を見てやった俺へのこだわりがなかなか抜けない所為ではないかと分析していた。
刷り込みのようなものだ。
テンゾウが思っているような感情は勘違いに過ぎない。
もう少ししたら、テンゾウももっと大人になるだろう。
広い視野を持つ日が来るだろう。
妄執から目を覚まし、相応しいそれ相応の相手に向けられるだろう。
俺はずっとそう思っていた。
そう願っていたのだ。
テンゾウは可愛い後輩だから、間違った道に進まないよう願うのは親心のようなものだ。

テンゾウが現実に目を向けるのを待っていたと言うのも本当だが、本音を言えば、俺は明日を信じていなかった。
今日一日を生き延びればそれでいい。
他に何も考える気がなかった。
明日の太陽を拝めるかなんて誰にもわからない。
俺もテンゾウもいつまで暗部でいられるかわからない。
いや、いつまで忍でいられるか、いつまで生きていられるのかわからないのだ。
明日の任務の成功率を計算すること以外は無意味だ。
俺たちは明日も知れぬ身だったから、面倒なことは考えても仕方無いと思っていた。
テンゾウもほぼ同じ考えだろうと思っていた。

テンゾウの物言いたげな視線は時に煩わしくもあったが、見詰めて来る以上のアクションを寄越すことは特に無かった。
言葉にすることは無いだろうと思っていた。
テンゾウはリアリストだ。
情に流されず何事も冷静に分析できる理性的な男に育ったと思う。
先の先まで読む頭がある。
だから無駄なことはしないだろう。
無駄な感情は押し殺すだろう。
吐露させる前に自分の中で消化するだろう。
俺はそう信じていた。

それでも、いつか万が一にも、テンゾウが何か行動を起こしたとしたら?
俺は極力無視するだろう。
無関心を装うだろう。
それが一番、無難な方法だと思う。
何もなかったことにしてやることが、誰も傷つけない最良の選択ではないかと思っていた。
テンゾウが視線を越える言葉を紡いだとしても、幾千万の言葉を投げ掛けて来たとしても、俺は何も答える気はなかった。

つい昨日までは……

いや、ついさっきまでは……


いや、今の今までなかったはずなのだ……











「カカシ先輩、上忍師になられるって本当ですか?」
夜中に突然、俺の部屋に尋ねて来たと思ったらこれだ。
ベッドに座って本を読んでいた俺は、目の前に立つテンゾウをうっそりと見上げた。
勿論、マスクはしている。
額当ては外しているが、マスクはテンゾウの気配を感じた瞬間に引き上げ済みだ。

「耳が早いね。どこからの情報かしらないが、お前の耳にまで届いたんなら、そうなんだろう」
四代目の忘れ形見にして九尾の人柱力のうずまきナルトがアカデミーを卒業することになり、俺は三代目から正規部隊に復帰し、上忍師になることを打診されていた。
いかな俺でも今回ばかりは引き受けざるを得なかった。
うずまきナルトが下忍になれるかどうかはわからないが、この年代にはうちはの生き残りもいる。
この二人の上忍師に俺以上の適任はいないだろう。
上忍師として指導するだけではなく、護衛、そして監視が含まれるのだろう。
暗部の任務以上にやっかいで、これから何が起こるのか予測もつかない毎日になりそうだった。
ますます私事に現をぬかしているわけにはいかない。


「本当なんですね」
テンゾウは念を押して来た。
相変わらず生真面目な顔をしているねぇ……
だがこの真面目そうな顔の裏で何を考えているのかはわかるようでわからない。
なかなか食えない男に育ったものだ。
普段は先輩に従順な後輩の顔を崩さない。
内面では何を考え何を抱えているのか見せることはない。
テンゾウは自分の後輩たちに対しては時折り『恐怖による支配の顔』など見せていようだが、あれは一種のパフォーマンスだろう。
激しい感情を表すことは滅多になかった。
今も普段の顔とたいして変わりなく見えたが、わざわざ俺が上忍師になることを確かめに来るなんて珍しかった。
テンゾウの情報収集能力は高く精度も抜群だ。
確認を取るまでの事も無いだろうに、余程驚いたか予想もしないことだったのか。
なかなか可愛い所もあるものだ、なとど俺はテンゾウの顔を見ながらのんびりと思っていた。

「ま、そう言うわけだ。俺も面を外す時が来たわけよ。これからはお前が部隊長だ。頑張ってちょーだいよ」
はなむけに大サービスだ。
見えている目元だけで笑い掛けてやったが、
「ボクなんて、まだまだカカシ先輩の足元にも及びません。先輩が抜けられては暗部は……」
などと殊勝なことを言う。
「俺が後輩の中で認めた男はお前だけだよ。今まで通りで大丈夫だ。暗部はお前に任せたよ」
いつも茶化しているが、俺はちゃんとテンゾウを買っているし、本気で期待しているのだ。
テンゾウがいれば暗部も安泰だと信じている。
しかし雑事に気を取られていては任務に支障が出ることもあるだろう。
『根』ほどではないが、暗部とて無駄な感傷をいつまでも引き摺っているのは好ましくない。
だからこそ、テンゾウにも早く目を覚まして欲しいと思っているのだ。
ここでテンゾウを突き放すべきだと思ったのだ。
今回、正規部隊に復帰するのは、テンゾウと距離を取る絶好の機会だとも思っていたのだ。


「俺、明日も早いんだよね。お前も仕事抜け出して来たんじゃないの?さっさとお帰り」
話しは終わりとばかりに手を振って追い払う仕草をした。
だがテンゾウは立ち去りそうもなかった。
一瞬きつく結んだ唇をすぐに開いた。
「すみません。言い方を変えます。ボクは、カカシ先輩が抜けられては……暗部ではなく、ボクが……ボク自身が駄目です。ボクは……先輩がいなくては……やっていけません」
俺は溜め息をついた。

「テンゾウ。やっていけないんじゃない。やって行くんだ。お前はもう親鳥の後を追い掛けている雛じゃない。とっくに一人立ちしていることに気が付くんだ」
俺は諭すように言ったのだが、
「そうです、もうボクは子供ではありません。一人の男としてボクはカカシ先輩が好きなんです」
突然の予想外の告白に俺は驚いた。
テンゾウがここまで言って来るとは想像もしなかったからだ。
だがこれは受け流すことにしよう。
驚きを隠してポーカーフェイスを貫こう。
俺はポーカーフェイスにも自信がある。
これ以上藪を突いてはいけない。
なんとかはぐらかして冗談にするのだ。
だって、好きだからどうしたと言うのだ。
腫れた惚れたしている場合ではないだろう。

「テンゾウ、お前が俺のことを好きなのはわかった。一応、礼を言っておくけど今更だよね。元から知ってるから。俺だけじゃなくて暗部の連中もみんなも知ってるから大丈夫だ」
暗部の連中はみんなおかしい。
俺の親衛隊ごっこなどをしている連中もいる。
なかでもテンゾウは誰もが呆れるほどの「カカシフリーク」の最先鋒だった。
だがテンゾウは俺の茶化した発言など聞えぬ様子で生真面目な声で続ける。
「いつまでも同じ毎日が続く保証なんてどこにもないことはわかっていたのに、ボクはどこかで甘えていたんです。先輩がボクの目の前から消えてしまう日が来るなんて考えられなかった。考えることさえ放棄していたんです」
「あのね、テンゾウ。消えるって大袈裟じゃない?ほら、暗部を抜けるって言っても忍やめるわけじゃなし、同じ里に居るんだから、いつだって会えるだろう。下忍と行動するんだ。むしろしばらくは里中心の任務になるでしょーよ」
下忍の最初の任務はどうせ迷い猫か迷い犬の捜索程度だろう。
闇に紛れて暗躍していた頃よりも里に居る時間も長ければ日の目を見る機会もずっと多いだろう。

「俺もたまには暗部にも顔を出すからさ。今日はもうもう帰りな」
今度こそ話しは終わりだ。
これ以上は聞く耳を持たないよ。
それをわからせるために俺はイチャパラに手を伸ばした。
が、イチャパラを取ろうとした右の手首をテンゾウに掴まれてしまった。
油断した。
完全に油断していたとはいえ、つまらない失態に舌打ちでもしたい気分だった。
俺は眉根を寄せ非難を込めた視線でテンゾウを見上げた。
先輩の腕をいきなり掴むとは無礼にもほどがあるとねめつけた。
「すっ、すみません」
テンゾウは殊勝に謝って来たが、握った手首を離さない。
俺は手首を引き抜こうとしたが、テンゾウは更に強く握って来た。
「離せ」
俺は声に刺を含ませた。
だが俺の腕を握るテンゾウの力はますます強くなるばかりだった。


「カカシ先輩が好きなんです」
声こそ小さかったが、その声は熱っぽく絞り出すような響きを持っていた。
「わかった、わかった、わかったから!俺は頭脳明晰、眉目秀麗だからね、もう誰からも惚れられ過ぎて困っちゃうのは、よーくわかっているから」
ややおちゃらけた口調で返し、自由になる左手を降参するポーズのように上げて見せた。
だが思い詰めたテンゾウには効果が無かったようだ。

「ボクは本気なんです!」
テンゾウの語気が強まった。
「お前が本気でもね、悪いけど俺には応える気も義務も無いしね。だからもうこの話はおしまいだ。今なら何も聞かなかったことにしてやる。腕を離せ」
「ちゃんと話を聞いてくださるまで離しません!」
幾ら気の長い俺でもイライラして来た。
仏の顔も三度までと言うじゃないか。
テンゾウの腕を捻り上げてやろうかと思ったのだが、力いっぱい俺の手首を掴んでいるその指が僅かに震えていることに気がついて出鼻をくじかれた。

実際の所、俺はテンゾウのことを可愛い後輩だとは思っているのだ。
むやみやたら傷つけたくはない。
可愛い後輩だと思えばこそ、長生きして欲しい。
つまらない感情に振り回されたりして欲しくは無いのだ。
俺が押し黙ってしまった機を見逃さずテンゾウは畳みかけて来た。
「さっきも言ったようにボクはもう子供ではありません。ずっと先輩に憧れて来たのも本当です。でも今はそれだけではない。一人の男として先輩のことを愛しているんです」
愛などと軽々しく口にするテンゾウが少しおかしかった。
俺がマスクの下で笑ったのをテンゾウは気がついただろうか。


「すぐに信じて頂けないのもわかります。だったら何度でも言います。わかって頂けるまで言います。言わせてください。ボクにチャンスをください」
テンゾウは頭を下げた。
これではまるでイチャイチャシリーズの告白シーンみたいではないか。
だがあれは『お願いします』と差し出した手を、告白された相手がOKなら握り返すのだが、俺の手は既に掴まれているとは!
「テンゾウ、だったら俺もはっきりと言おう。お前が俺のことをどう思おうが、何度告白しようが、それはお前の自由だが、俺はそう言った感情は無意味だと思っている」
テンゾウは下げていた頭をはっと上げて俺の顔に視線を戻して来た。
間抜けな顔をしている。
ますますおかしくなる。

「それはどう言う意味です……ボクとの恋愛は無意味だと仰っているんですか?」
テンゾウの声が僅かに震えている。
「そうじゃない。お前に限らずだ。俺は恋愛自体に興味は無い」
「仲間を大切にする心を教えてくださった先輩が愛情は無意味だと仰るのですか」
テンゾウは屁理屈に長けているが口八丁では俺も負けてはいない。
「俺は他人の恋愛には口を挟まないし、そう言った情愛も否定はしないよ。だけど俺自身には無意味でしかないと思っている。それは趣味嗜好のひとつと同じものだと思って貰っていい。だから俺を恋愛対象にするのは無意味だと言ってるんだ」
俺の手首を掴むテンゾウの指の力が少し緩んだ。
だがまだ離してはくれない。
テンゾウは手首を掴んだまま、ベッドに座る俺の前に跪いた。
そして下から俺の顔を覗き込んで来た。

「ボクが先輩を思うのも自由ですよね?」
「迷惑だと言ったら?」
「すみません。それでもボクは先輩を思うことを止められない。すぐに先輩の答えが欲しいわけじゃないんです。ただ告白せずにはいられなかったんです。言わないで後悔はしたくなかった。ボクの気持ちを先輩に知っておいて欲しかった」
「わかった。お前の気持ちは聞くことは聞いた。だからこれでいいだろう。腕を離せ」
テンゾウは緩く首を振った。
引き抜こうとした腕をまた強く掴まれる。

「ボクがどれだけ先輩のことが好きか、知って置いて欲しいんです」
「テンゾウ、今更だが、お前はもっと他所に目を向けた方がいい。色々と勘違いしているんだ」
「勘違いなんかじゃありません。何を目にしても先輩の姿ほど鮮やかにボクの目に飛び込んで来ない。先輩の姿だけがいつまでもボクの心に焼き付いて離れないんです。好きなんです。カカシ先輩だけが好きなんです」
「あのね、テンゾウ。それが勘違いだと言うの。お前、もしかして面食いなのかもしれないね。花街にでも行って美女でも抱いておいで」
テンゾウは真面目な顔のまま、また首を左右に振った。

「カカシ先輩だけがボクの心を照らすんです。カカシ先輩がいるからボクは明日も生きて行こうと思えるんです。無意味なんかじゃありません」
俺は深い溜め息をついた。
そりゃあ、良かった。
俺なんかがお前の希望になっているのならめでたいね。
俺は心の中でこっそりと茶化してみた。
「まだまだボクは若輩者ですが、少しでいいんです。先輩に何かあった時にボクを頼りにして欲しいんです。そんな男になりたいとボクはずっと思って来ました」
「頼る頼らないの話ならば、頼りになる男だよ、お前は」
声に出す気はなかったのだが、俺は口を滑らせていた。
目の前のテンゾウの糞真面目な顔つきが少し明るくなったような気がした。
確かに任務に置いて、一番頼りにしていたのはテンゾウだった。
テンゾウとは打ち合わせ無しでも阿吽の呼吸で連携が取れた。
だがそれは任務に置いてだ。
テンゾウは暗部の仲間であり、それ以上でも以下でもない。
それを奴の頭に叩き込んでやらなければ……



俺はテンゾウにかける言葉を探していたのだが、
「先輩、もうひとつお願いがあります」
『お願いします』は一回じゃないのか?
「キスしていいですか」
「駄目に決まっているだろう」
俺は思わず吹き出した。
突然、なんてことを言うのだろう。
たった今、拒絶された相手にだ。
こいつの情緒はどうなっていると言うのだ。
いっそアカデミーからやり直した方がいい。
暗部に来たばかりの頃、情緒にやや問題ありかと疑ったものだが、その時にアカデミーに押し込んでおけば良かった。

「いつものようにキスの一つや二つ減るもんじゃなし、と言わないんですか」
俺の心の内も知らずに、テンゾウは吹き出した俺を不思議そうな顔で見詰めて来る。
黒々とした丸い瞳がじっと俺を覗き込んで来る。
感情の読み取りにくい瞳だ。
俺が映っていることしかわからない。
この目は良くも悪くもまた飽きずに俺ばかりを追い掛けて来た。
確かにキスしたとてセックスしたとて減るもんじゃない。
誰が相手でもだ。
暗部では男にも女にもそう教育している。
勿論、自分然りだ。
だがテンゾウ、お前は別だよ。
「お前としたら減るような気がするね」
減るどころか吸い尽くされ、奪い尽くされそうだとやや本気で思う。
テンゾウのキスはしつこそうだ。
テンゾウは滅多に物事に執着しない割には、一旦執着すると本当にしつこそうだ。

「顔を見せてください」
俺の前に跪いていたテンゾウが立ち上がった。
手首を掴んだままだ。
ベッドに座ったままの俺の上から覆いかぶさるように見下ろして来る。
テンゾウの身体が電灯の明かりを遮り影が出来る。
テンゾウが既に立派な成人男性だと言うことはわかっている。
それなのに、あの痩せっぽっちだった子供がいつの間にかこんなに大きくなったのかと今更ながらにしみじみ思った。
俺は場違いなことばかり止めどなくなく思い出していた。

「顔を見せる必要性も感じないしお前とキスをする必要もないだろう」
「何かあったら、ボクのことを呼んでください。いつでも呼んでください」
テンゾウは全く人の話を聞いていない。
「カカシ先輩のためならなんでもします。いつだってカカシ先輩の盾になります」
好きだなんだとのたまった挙句、奴隷志願とは恐れ入った。
だけど元々お前は俺の奴隷のようなものじゃない?
「わかった。いつでも呼んでこきつかってやるよ。それでいいんだろ」
そして奴隷ならば素直に命令を聞いて、そろそろ帰って欲しい。

「カカシ先輩が好きです。カカシ先輩を愛しています。ボクがどれほどカカシ先輩のことだけを愛しているか覚えておいてください」
俺の右手はいつの間にかテンゾウの手に握り込まれていた。
木遁を操る手は思ったよりもごつごつしていない。
この手は忍術だけでなくなんでも器用にこなすことを俺は知っている。
この手に何度助けられたことか……
いやまだまだ俺が助けてやった方が多いはずだが……


「キスしていいですか」
「駄目だ」
「顔を見ていいですか」
「もう帰れ」
「本当に嫌だったらボクのことを投げ飛ばして逃げてください」
俺の手を包む力はそれほど強くは無く、いつでも手を奪い返して、テンゾウなど投げ飛ばすなどたやすいことだ。
壁に叩きつけてやっても構わないが、こんな夜中に大きな物音を立てるのも近所迷惑と言うものだろう。
どうやってテンゾウに諦めさせようか……

「逃げたってお前は追い掛けて来るんだろう」
俺も追跡のプロなら、テンゾウも追跡に長けている。
それでも俺が本気を出せば、テンゾウなんか幾らでも巻けるだろうと自負もしている。
ただ、こんな夜中にいい年をした男二人で鬼ごっこなど馬鹿らしいにもほどがあるじゃないか。
「追い掛けて行きます。どこまでも。ボクに捕まるのが嫌だったら本気で逃げてください。先輩にはたやすいことでしょう」
「お前から逃げ切るのは骨が折れそうだ」
俺がどうしてそんな面倒なことに付き合わなければならない?

「どんなことをしても捕まえます。嫌だったらボクの腕を捻り上げて……投げ飛ばして……いえ、あなたのこの右手で息の根を止めてください。そうして貰わなければボクの思いは止まらない。それにカカシ先輩に殺されるなら本望です」
俺の右手は千鳥を放つ手だ。
その手をテンゾウは引き寄せ、自分の心臓の上に導き物騒なことを囁く。
なぜ俺が里の仲間を手に掛けなきゃならない?

「お前、言っていることが無茶苦茶だよ」
「無茶苦茶でもいいです。ボクはただカカシ先輩が好きなんです。それだけです」
「お前は昔からいかれている」
テンゾウは変な子供だった。
こんな俺に懐いて、足蹴にしても足蹴にしても食らいついて来た。
変な子供なりに成長したと思ってはいたのに、更に変態に育ってしまったのか。
理屈屋の小生意気だった子供はいつの間にかこんな妄言を吐く大人になってしまったのか。
色々と勘違いしたまま……


「ただカカシ先輩が好きなんです」
テンゾウの手が俺の顔に伸ばされて来た。
一度マスクの上から頬を包み込むようにそっと触れて、指先がマスクの縁に掛けられた。
その指は酷くゆっくりと動き、じれったいほどの時間を掛けてマスクを喉元まで引き下げた。
俺はテンゾウの指の動きに連動するように視線を伏せた。
テンゾウが俺の顔を見詰めている。
狂おしいほどの視線を感じる。
穴開きそうなほど見詰められている。
こんな風に顔だけを見詰められるのは久しぶりのことだった。
見られることには慣れていたが、視線が痛い。
あまりの居心地の悪さに、俺は身動ぎも出来ないでいた。

テンゾウの掌が、再び頬に触れた。
気配は感じていたのに、直接肌に触れられた驚きに俺は肩を揺らした。
その敏感な反応にテンゾウの手も一瞬震えたが、その手は頬を軽く撫でてから顎に添えられた。
顎に添えられた手は優しくだが拒絶を許さぬ強かさで俺の顎をそっと持ち上げた。
キスをされる。
俺は一連の流れからそう思った。
キスは必ず目を閉じてなどと言う上品なモラルも初心な心も持ち合わせてはいなかったが、今この時には、視線を上げる気にはなれなかった。
ただ俺はテンゾウの出方を待っていた。
だが予想をはぐらかして、テンゾウの唇は俺の唇には落ちて来なかった。
それは口元の少し下に触れた。
予想外の出来事に、反射的に目を見開いてしまった。
だが目を開いたとしても、この至近距離では表情は伺えなかった。


唇から外れた場所に降って来たテンゾウの唇は、羽が触れたかのような感触を残してすぐに離れて行った。
そしてまた同じ場所に触れた。
二度目はもう少し長く留まり、三度目にはやや強く唇が押し付けられた。
「先輩のここに……触れてみたかった」
俺の肌を震わせてテンゾウの唇がそう囁いた。
ここ?と疑問に思う間もなくテンゾウは囁き続けた。
熱の籠った囁きが俺の肌を震わせる。

「ここに、こうして唇を落としてみたら、どんな感触だろうと、ずっと夢見ていました。先輩の素顔を思い浮かべて何度も、何度も……」
突然、テンゾウの唇が肌に吸い付いた。
「カカシ先輩の顔を見る度に……何度もこうして……」
何度も何度も、唇の左下辺りを、テンゾウの唇が啄ばむ。

「この黒子に口付けることを、夢見ていた……」
「……ッ………!!」
テンゾウに黒子を吸われている!
そう認識した途端、身体がカッと熱くなった気がした。
口を吸い合っているわけでもないのに途端に息苦しくなった。
テンゾウは飽きずに俺の黒子の上に口付けを落としている。

こんな所を……
ただ舐められ吸われているだけなのに……
奇妙な感覚が背中を這い上がって行く。
なんとも形容しがたい感覚だった。
未知の感覚に俺は戸惑うばかりだった。

「テンゾウ!」
非難を含んだ呼び掛けにテンゾウはちらりと俺の顔に視線を寄越した。
欲望に濡れた瞳が俺を見詰めた。
「そんな顔をするんですね」
テンゾウの瞳の中の欲望の火が俺の瞳に飛び込んで来た。
「ここにボクの印を刻んでみたかった!」
「あっ、やめっっっ……!!」
その場所に歯を立てられ噛みつかれて、俺は悲鳴を上げた。







end






あとがき
ほくろ!ホクロ!黒子!
管理人の趣味嗜好による勝手な分類なんですが、顔にホクロのあるキャラは受け(笑)
唇の下?顎の上?完全にスケベ黒子だよね!!ハアハア!!!
カカシさんの素顔は特に知りたくはなかったのですが、まさかのホクロ!!やられた!!
今までのカカシさんに対する認識が少し狂ってしまうくらいの衝撃でした!!
脱オタしてたのに、ホクロのお話を書かずにはいられなかった!
本当はもっとねっとりとホクロを攻めたかったんですが、プランクの所為でこれが精一杯でした(汗)
テンカカになったのは、ホクロに対するフェチズムを発揮しそうなのがテンゾウっぽかったから?

このお話は、恋の始まりと言うか、カカシさんの中のまだ名前のつかないような気持ちが、
やっと浮上した瞬間のようなものを書いてみたかったんですが、
どうしてカカシさんがこんなに簡単に落ちちゃったのか、自分でもかわからない!!
言葉や内心とは裏腹にテンゾウのことを最初から全く拒絶していないって感じを、
さりげなーく書いたつもりなんですが、唐突に思えても、ビバ両思いってことで!!

タイトルは特に深い意味は無いんですが、カカシさんの気持ちみたいなのと、
ホクロの位置を掛けてみました(笑)


2015/09/15




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