クリスマスには秋刀魚を焼いて

  












里まではまだまだ遠い。
忍具も兵糧丸も尽きた。
ついでに体力もチャクラも尽きた。
12月の凍てつく夜の寒さに手足がかじかむ。

俺は、木ノ葉の里から遠く遠く離れた真っ暗な森の中、ただ一人きり、大木の根元に凭れて座っている。
立ち上がる気力さえ湧いて来ない。
だらりと投げ捨てられた指先に朽ちた小枝が触れている。
この小枝みたいに人知れず朽ちて行くんだろう……

視力もほとんど無くなってきたみたいで目は霞むし、腹が減り過ぎて目眩もする。
炊き立ての御飯と熱々の茄子の味噌汁、脂の乗った秋刀魚に大根下ろし……
もう一度食べたかったねぇ……
秋刀魚が無理なら、なんでもいいから焼き魚を食いたいねぇ……
こんな山の中じゃ、海どころか川もありゃしない。
せめて魚でも獲れりゃ、火をおこして……

火と言えば豪火球の術って言うのは便利だったよねぇ。
うちはもなかなかいい技を編み出したもんだ。
もう少し気力があれば豪火球で、暖を取ることが出来たかもしれないね。
そうだよねぇ、豪火球が使えりゃ魚も焼けたのに……
こんな風にさ……


「火遁・豪火球の術!!」
なんてね……俺は掠れた声を出し、戯れに豪火球の術の印を結んでみた。
そうしたら、なんと発動するとは思わなかった術が発動した。
どこから湧いて来たのか俺の末期のチャクラなのか、とても豪火球の術には見えないけれど、口からショボイ火がちろちろと吹き出した。
思わず手に触れていた枯れ枝を掴んで口元に運び火に近づける。
枝に火が燃え移り、真っ暗だった深い森の中に、ぽっと灯りがともった。


火はいいねぇ。
人心地がつく。
灯りが漏れる人の住む温かい家。
帰る家があるって言うのはいいよねぇ。
誰かが待っていてくれるから、生きる気力にも繋がるってもんだ。
お帰りって出迎えてくれる人。
俺に笑いかけてくれる人。
暖かい家の中からは、秋刀魚の匂いがして来るんだよねぇ。
ああ、美味しそうな秋刀魚……
真っ白な御飯……
きゅーっと俺の腹の虫が鳴ったと同時に、細く頼りない枯れ枝は燃え尽き、辺りは再び暗闇に閉ざされた。



夢でもいいから、もう一度腹いっぱい好物を食べたかったねぇ……
もう一度、出来るかな。
「火遁・炎弾!」
やっぱり半信半疑で繰り出した術は、しょぼく発動し、俺は慌てて手探りで枯れ枝を探して、再び枝に燃え移らせた。
ちらちらと揺れる灯りに照らされて大きな背中が見える。

「自来也様?」
文机に向かって書き物をしている自来也様だ。
文机の上のランプの灯りが揺れて、机の上に広げられた紙の上に影を作る。
もしかして、それはイチャパラの新作ですか?
自来也様、自来也様、続きを書いていらっしゃるんですね!
見せてくださいよー。
今度の主人公はどんなタイプですか?
俺は、あの主人公の……
あっ、ああ、ランプが燃え尽きる……
今、俺が火を足して……



「火遁・火龍弾!」
火龍弾も、全く火龍弾には見えない勢いでちょろちょろと発動した。
本当に小さな小さな火だ。
暗闇の中、ぽうっと仄かに赤く一点だけともっている。

ああ、アスマだ。
アスマがいつものように煙草を吸っている。
アスマ!
隣には、三代目!
何を楽しそうに話しているの?
この親子もやっと和解して、結構、楽しそうにやっているじゃない。
ぷかりぷかりと二人の間を煙草の煙が、のんびりと立ち上って行く。
あ、アスマ、煙草の火が消えちゃうよ!
俺がつけてあげる。
ほら、俺にも使えるでしょ。
三代目、見ていて。



「火遁・火龍炎弾!」
火が龍の如く舞い上がって行く。

見て、オビト。
うちはの術、俺も結構、様になっているでしょ。
ごうごうと舞い上がって行く炎を一緒に見上げているのはリンだった。
リン!
俺とオビトの術が混ざり合い燃えているよ。
先生!
先生、先生!!
オビト、リン、先生!!!
俺に笑いかけたまま遠ざかって行く三人を追いかけて、俺はもう一度火遁を発動させた。



「火遁・鳳仙火の術!」
ポッポッポッと小さな火が連弾で現れては地上に舞い落ち、そこから大きな焔となり、焚火のように燃え盛った。
焚火の脇に座って火をじっと見つめているのは……

「父さん!」
父さん、父さん!
あのね、父さん、俺ね!!
父さんに話たいことがいっぱいあったんだよ!!!
焚火、あったかそうだね。
父さん、俺も焚火のそばに行っていい?

暖かいね、父さん。
俺も、ずっとここに一緒にいてもいい?

ここはなんて暖かいの……






暖かい……

心の中に暖かい気が流れ込んで来るようだった……
身体の中に誰かのチャクラがしみ込んで来るようだった……

ぽつぽつと顔に雨が当たる。
こんなに暖かいのに雨?
折角の焚火が消えてしまうよ……
でも、暖かい雨だなんて変だねぇ。
そう思ったら、今度は地震?
俺が震えているのかな?
わんわんと耳鳴りが聞こえて来た。
もう耳も聞こえなくなってしまったと思ったのに……
身体が揺れる……揺さぶられる……
耳鳴りだと思ったのは、誰かが俺の名前を叫ぶように呼んでいるから……
聞こえているよ。
そんなに怒鳴らなくても、聞こえている……

目を開けろって?
もう目も見えないんだよ。
開けたってどうせ真っ暗闇だよ……

そう、御馳走は秋刀魚。
七面鳥より焼き立ての秋刀魚がいいって言ったっけ。
さっき、食べ逃してしまったけれど、一緒に食べようって約束したんだっけ?
クリスマスにまで秋刀魚かって、笑ったのは誰だったっけ?

火を燃やしたのは、暖を取りたかったから。
一緒に食べようって約束した秋刀魚を思い出したから……
灯りの漏れる暖かい家に……
誰かが待つ暖かい家に帰りたいって……
最後のチャクラで火遁を発動させたのは、俺……
その炎が見えた?

真っ暗な森の中、俺の起こした火の向こうで、沢山の人が笑っていたよ……
手を差し伸べる前に、みんな消えてしまったけれど……

間に合って良かったって?
もう火は起こせないよ。
秋刀魚は焼けない。

だけど暖かいね……


チャクラが流れ込んで来る……


体温が分け与えられる……


誰かが俺の名前を呼び続ける。


誰も呼んでくれなかった自分の名前をこんなに懸命に呼び続けるのは誰?


俺はゆっくりと目を開く。


開いた目に飛び込んできたのは、愛しい人の泣き笑いの顔。


遅くなってごーめんね。



今夜は一緒に秋刀魚を食べよう。




メリークリスマス。






end










あとがき
カカシさん版、「マッチ売りの少女」でした(笑)
お相手はご想像にお任せします。
お好きな相手がカカシさんを迎えに来てくれたと脳内で変換して読んでやってください。


2009/12/25




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