オトナルカカ   シリアス
途中、カカシ先生が散々な目に遭う予定ですので苦手な方はご注意ください!







When I get you alone






prologue    1.    2.    3.    4.











先生が気になり始めた15の春


これが愛だって気付いた16の夏


先生に決死の告白をした16の冬


追い掛けて追い掛けてようやく捕まえた17の秋


一緒に暮らし始めた18の誕生日


ずっとずっとこの幸せが続くと信じていた幸せな日々……




そして俺は火影になって




先生を失った











第一部



1.


「バカナルトーーー!!」
サクラちゃんが火影室に怒鳴りながら飛び込んで来た。

ああ、とうとうサクラちゃんの耳にも入ったのか……
ノックもせずに飛び込んで来たってだけで、俺はどんなにサクラちゃんが怒り狂っているかがわかった。


なんと説明しようか……
どう言ったら納得してくれるだろうか……
いや、サクラちゃんに説明する言葉も、説得させるだけの言葉も、俺は何一つ持たなかった。

何を言ったって、サクラちゃんは納得しないだろう。
サクラちゃんにどんなに怒鳴られても、詰られても仕方ない。
怒りに任せた渾身の力で殴られたって仕方ない。
嫌われたって仕方ない。


「サクラちゃん、いきなりバカナルトはひでーってばよ。これでも俺、火影だってばよ」
諦めと同時に覚悟を決めていたが、俺は内心を押し隠し、ヘラっと笑ってサクラちゃんを出迎えた。
「バカにバカと言って何が悪い!あんたがバカなのは元からだから置いといて、あんた知ってたの?!カカシ先生が、カカシ先生が!」
サクラちゃんは、怒りに興奮し、既に涙目になっていて、中々言葉が続かず肩で息をしている。

サクラちゃんが言いたいことは、俺には全部わかっていた。
だけど俺は、サクラちゃんが全部喋り終わるまで黙って聞いていた。
これが俺に出来ることだったから。
それしか、今の俺には出来ないから……

全部、俺の所為だから……

俺の罪だからだ。



「なんでっ!なんで、カカシ先生が『草』になんかならなけりゃいけないのよ!どうして!どうして、カカシ先生は何も言わずに木ノ葉から出て行ってしまったのよ!あんた、知ってたの?!」
「ああ、まあ……」
詰め寄られ大声で詰問され、俺は言葉を濁した。
「あんた、知っていて行かせたの!?草がなんなのか、わかっていて先生を行かせたの?本当にわかっているの?草って言うのは!」
「知っているってばよ」
そう、勿論、俺だって知っていた。

草って言うのは、諜報活動、つまりは旅をしながら他国の情報を収集したり、潜入調査したりする忍びの俗称だ。
一般には、第一線を退いた忍びが任務に就く。
本人の嗅覚、才覚に従って、彼らはどこまでも旅をし、一旦ターゲットを決めれば、彼らはどこまでも深く潜り込む。
そして、そのまま行方知れずになる者も多いと聞く。
定期連絡が里に届く限りは、彼らは生存されているものと認識され、定期連絡が途絶えれば、それはすなわち彼らの命も途切れたと言うことだった。
彼らは最期には自分の身は自分で始末し、この世から存在を消し去って行くのだった。


「だったらなんで!なんでカカシ先生が、木ノ葉から出て行かなければならないのよ。あんたが行かせたの?どうしてよ!何があったのよ!」
サクラちゃんは、俺の座る大きな執務机をぐるりと回って俺の横まで来て、胸倉を掴み上げて来た。
俺の身体が椅子から浮き上がる。

「く、くるしいってばよ、サクラちゃん……」
「あんた知ってたんなら、なんで黙ってカカシ先生を行かせたのよ!なんであたしに黙っていたのよ!」
サクラちゃんの瞳にはもう涙がいっぱいに溜まっている。
俺は首を締められたまま、涙に濡れた緑の瞳をじっと見返した。

「サクラちゃん」
俺の真剣な声にサクラちゃんの手が緩んだ。
「カカシ先生の決めたことだ」
サクラちゃんが目を見開く。
身体全体から力が抜け落ちたように俺を掴みあげていた手が離れ、俺は椅子にどさりと尻もちをついた。









2.


「先生が決めたことって……だって、だって、あんたたちは!」
俺とカカシ先生が付き合っていた事は、サクラちゃんも薄々感づいていたはずだ。
だけど、サクラちゃんは、今まで一度も面と向かって確かめて来ることはなかった。
「あんたたち、何か喧嘩でもしたの?カカシ先生を怒らせでもしたの?それとも……あんた、まさかカカシ先生を裏切ったりしたんじゃないでしょうね!」

裏切るってなんだってばよ。
俺が浮気でもしてカカシ先生を怒らせて、それで先生が出て行っちまったとでも言うのか?
そんなこと……
そんなことあるわけねーだろ。
そんなアホな話だったなら、どんなに良かったことだろう。
だけど、それ以上にアホらしい結末だったのかもしれない、俺たちは……

アホらしくって笑える。
アホらし過ぎて涙が出そうだ。
笑いたいのに涙が出そうだ。
泣きたいのにおかしくってたまらない。
俺の顔は奇妙に歪む。


「そんなんじゃねーってばよ」
サクラちゃんに顔を見られぬように俯いたまま、俺は声を出さずに顔を歪ませて笑ってみた。
「だったら、なんで?!理由を教えなさいよ!」
「サクラちゃん、カカシ先生が決めたことだってばよ」
顔を上げて、同じセリフを静かに繰り返した。

「だから、なんでいきなりって聞いてんのよ!あんた、本当にそれでっ」
サクラちゃんは、俺の顔を見て、言葉を飲み込んだ。
カカシ先生の名前を言うだけで、心臓が引き攣れるように痛む。
「サクラちゃん、カカシ先生は自分で決めて草になった。俺にはそれしか言えねー。これ以上、俺の前でカカシ先生のことは言わねーでくれってばよ」
「……だって……こんなこと………」
「頼むってばよ」
俺はサクラちゃんに向かって頭を下げた。

頭を下げた視線の先に、サクラちゃんの手が見える。
だらりと身体の両脇に下げられたサクラちゃんの手は、小刻みに震えている。
怒りだろうか、悲しみだろうか。
殴りかかりたいのを抑え込んでいるのだろうか。
そうやって、しばらく立ち尽くしていたサクラちゃんは、ぐっと拳を握ると、そのまま何も言わずに部屋から出て行ってしまった。



また、火影室の中、俺は一人になった。

椅子から立ち上がり、窓に向かって立った。

火影室の大きな窓からは、木ノ葉の里が見渡せる。

沈み始めた夕陽が眩しく、俺は目を細めて里を眺めた。

あの戦争が嘘だったように木ノ葉の里は復興を果たし、昔以上に繁栄した街並みが見える。

里の人々が住む家々がぎっしりと立ち並ぶ。

家路を急ぐ人々が行き行き交う往来。

宅地の周りをぐるりと防護壁が取り囲み、そのまた外には豊かな森が広がっている。

そしてその先には、ただ空が広がっていた。



俺が守る里……


俺の大好きな里……


俺の大切な仲間が暮らす里……


だけど、俺が一番、守りたかった人は、もういない……


俺が一番、大切にしたかった人の姿は、もうどこにもない……


あの人は今、この里を遠く離れて、どの空の下にいるのだろうか………


長い長い旅路の空の下、一人、夕陽に照らされて何を思うのだろうか……









3.


ふっと背中に気配が感じられ、俺は振りかえった。
ヤマト隊長が部屋の真ん中に突然現れていた。

俺は更に暗鬱な気持ちになった。
今度はヤマト隊長か……
流石に情報が早い……
いや、むしろこれは遅かったと言うべきかもしれない。

カカシ先生の不在、しかも草への配置志願が、これだけの時間ヤマト隊長に知られなかったとは驚くべきことだ。
流石と言うのなら、カカシ先生を賞賛すべき事柄だったかもしれない。
立つ鳥跡を濁さずではないが、誰にも怪しまれず気取られず旅立って行った。
どれだけ用意周到に計画を練っていたのだろう。
どれだけ秘密裏に事を運んでいたのだろう。
それだけ俺と別れる覚悟を前々から決めていたと言う事だったのか……

あの日以来、カカシ先生は、俺の前に姿を現さなかった。
俺が在宅している時には、家に戻らなかった。
そしていつの間にか、二人で暮らしていた家から、カカシ先生の荷物は消えた。
何も残らなかった。
カカシ先生の痕跡は何一つ消し去られていた。
ただ、二人で寝ていた大きなベッドだけが残され、俺は別れを痛感させられたのだった。



ヤマト隊長は、感情を消し去った能面のような顔をして俺を見詰めて来た。
睨むでもなく、ただ見詰めている。
ヤマト隊長には何度も叱られたり恐怖による支配も味合わされて来たけれど、こんな顔を見るのは初めてだった。
悪戯をしたり、無茶をやらかした時に見せる怒りの表情ではなく、どれだけの感情を押し殺しているのか……
俺にはとても押し計ることも出来ないような感情の渦が、無表情の仮面の下に逆巻いているようだった。

重い沈黙が支配する。
暗い暗い底知れぬほど暗い瞳と対峙する。
言い知れぬ緊迫感が漂う。
「ヤマト隊長」と名前を呼んで口火を切ろうと思った瞬間、ヤマト隊長は目にも見えぬ素早さで俺の傍らに移動して来ていた。
そして、ヤマト隊長の拳が、俺の顔面めがけて飛んで来た。
拳は見えていたが、俺は避けなかった。
凄まじい一撃が左頬にヒットし、俺の身体はすっ飛び、壁に叩きつけられて止まった。


倒れ込んだ俺を、ヤマト隊長はやはり黙ったまま見下ろしている。
一瞬の感情の発露が嘘のように、またまんじりともせずに動きを止めて俺を見遣っている。
だが、その瞳には、先程は現れていなかった感情がほんの少し現れていた。
悲しみ……
痛み……
殴られた俺よりも痛そうな、果てしない苦渋が、ヤマト隊長の全身から溢れ出て来ているようだった。
サクラちゃんのように、震える拳を握り締めて押さえつけてはいなかったが、やはり何かに耐えているように見えた。

怒りをぶつけたいなら、思う存分、ぶつけてくれ。
俺を詰りたいなら、幾らでも詰ってくれ。
殴りたいなら、幾らでも殴ってくれ。
俺の身体を引き摺り起し、気が済むまで殴ってくれ!


俺は何発でも殴られる覚悟をしていた。
床に尻もちをついたまま、俺は静かにヤマト隊長を見返していた。
外の夕焼けが部屋の中まで広がって、俺たちをオレンジ色に染めて行く。
森の巣に帰るカラスの鳴き声がカーカーと聞こえる。
どれほど時間が経っただろうか。

「謝らないよ」

ヤマト隊長は、全て飲み込んだような渇いた声で一言そう吐き出すと、来た時同様、瞬身であっという間に姿を消してしまった。



俺はズキズキと左頬が痛み始めたのを感じながら、その場に座り込んでいた。
完全に日が落ち、部屋の中が暗くなった。
やり掛けの仕事があった。
俺はのろのろと重い身体を引き摺り起し椅子に座り直した。


火影の椅子。

子供の頃から憧れ夢見ていた火影の座だった。

この椅子の代わりに俺は大事なものを失った。


俺がいつの日か火影になると信じ続けてくれた人を失ったのだった。









4.


「全く、なんだって俺がこんなことを……」
自分の頭よりも高く積み重ねた書類を抱えてシカマルが、ぼやきながら執務室に入って来た。
「よー、火影サマ、寝てんじゃねーぞ」
突っ伏していた机の上に、どさどさっと書類の束が落とされる。

シカマルは火影補佐だ。
つまりは俺の補佐をしてくれている。

俺はサクラちゃんにも補佐と言うか秘書と言うか側近になってくれるよう頼んだのだが、
「あたしはまだまだ綱手師匠に習いたいことがいっぱいあるの。それに一人でも多くの医療忍者を育てなければならないでしょ」
と、あっさりとふられちまっていた。
医療忍者の重要性は俺にもわかっていたから、それ以上は無理強いは出来なかった。
サクラちゃんは今では医療班の要だった。

そしてシカマルに頼み込んだ。
俺が頼み込むよりも先に、誰もがシカマルを推したし、シカマル以上の適任はいなかったろう。
だが、シカマルには、
「カカシ先生の方が適任じゃねーの。お前の扱いにも慣れてるだろうし」などと言われたが、既にその時、カカシ先生は木ノ葉にはいなかったのだ。



「起きてるってばよ」
突っ伏していた顔を上げるとシカマルが目を見開いた。
「おい、その顔どーした」
俺の左頬は、多分、盛大に腫れているはずだ。

「さっき鬼みたいな顔をしたサクラに擦れ違ったが、そりゃあサクラじゃねーな。サクラだったらもっと、すげー事になってんだろ。で、火影サマに一発お見舞いくれたつわものはどこのどいつだ?」
「ヤマト隊長だってばよ」
シカマルに隠しごとをしてもすぐにばれる。
黙っていたって誘導尋問に引っ掛かる。
俺は包み隠さず正直に名前を告げた。
その名前だけでシカマルは全て悟ったのだろう、ただ肩を竦めた。

「お前、しばらく夜道に気をつけるんだな。後から後からお前を殴りたいって奴が現れんぞ。すげー就任祝いになっちまったな」
「殴られる覚悟は出来てるってばよ」
俺は情けない笑みを見せたが、頬が引き攣れて笑みに見えたかどうかはわからない。


サクラちゃんが知り、ヤマト隊長の耳にも届いたように、先生の不在は少しずつ知れて行くだろう。
草になって木ノ葉を旅立ったと言う事は、大っぴらにではなく囁くように知れ渡って行くだろう。
そして、なぜ、カカシ先生が草になど志願したのか……
俺に問い質しに来るだろう。
俺を詰りに来るだろう。
誰でも俺を殴れ。
殴って気が済むのなら、幾らでも殴ってくれ。



俺は無意識の内に胸元をぎゅっと握りしめた。
最近、出来た癖のようなものだった。
気が付くそうやって俺は、胸に出来た穴を塞ぐように押さえつけていた。


胸にぽっかりと開いた穴から冷たい風が吹き荒ぶ。
飯を食っていても、執務をしていても、寝ていても、誰と居ても、歯を磨いていても、修行をしていても、風呂に入っていても、びょうびょうと凍えそうなほど冷たい風が絶え間なく吹き続けている。
その度に、俺の身体の中から、ひとつひとつ大切な何かが零れ落ちて行くようだった。



カカシ先生の内側にもあった、埋めても埋めても、俺には埋めきれなかった、あの穴と同じだろうか。

カカシ先生の穴は、俺と離れて埋まっただろうか。

それとも、まだまだ果てしなく広がり続けているのだろうか。




先生、

人の気持ちは変わる。

確かに変わる。

だけど、変わるものもあれば、やっぱり変わらないものもあっただろう?



先生、

俺の気持ちは変わっただろうか。

先生がいなくなって、変わっただろうか。



先生、

積り続ける思いはどこに行くんだろう。

溢れて、零れて、行き場を失った思いはどこに行くのだろう。




先生、

俺の上に降り続ける悲しみは、どこへ行くのだろう。




先生、

この悲しみはいつか癒えるのだろうか。



カカシ先生、

俺は、いつこんなに臆病になったんだろう。




そして、俺は後悔を覚えた。





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途中がき
タイトルは、ベートーヴェン交響曲第5番をアレンジした曲名から取りました。
excite翻訳を掛けたら「私があなたを単独で得る場合」と出ました……
日本語でサブタイトルをつけるなら、ズバリ「運命」でいいかな?


2011/11/16、11/17、11/19、11/21




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