オトナルカカ   シリアス








When I get you alone





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5.


「俺は後悔ばかりしているよ」

いつだったか、カカシ先生がそう呟いたことがある。
俺は、カカシ先生が、ずっと昔に亡くなった親友の死を自分の所為だと悔いていると知っていたから、そのことを指して言っているのだと思っていた。
だけどそれは、今思えば俺とのことも含まれていたのだろう。

カカシ先生は、俺に押されて、押し流されるように付き合い始めてしまった事を、ずっと後悔していたんだ。
自分の存在が少しでもマイナスになるようなことがあるのなら、いつでも去って行くつもりで、俺の側にいたんだ。
だけど、俺は絶対に死んでもカカシ先生を離すつもりはなかった。
カカシ先生と別れる日が来るなんて、未来永劫有り得ないと信じていた。





本当に、俺がガキだった頃。

カカシ先生が俺を置いて行くような素振りを少しでも見せれば、俺は駄々っ子のように泣いてわめいて縋りついて、カカシ先生の気を引くのに必死だった。
カカシ先生は、その度に困ったような情けない顔で笑って、仕方ない子だねって、やっぱり子供をあやすみたいに俺の頭を撫でてくれたりした。


もう少し成長して俺は気が付いた。

俺や先生の知り合の誰かが結婚したとか、子どもが生まれたとか、そんな話を聞くたびに、カカシ先生がほんの少し俺によそよそしくなると言う事に。
カカシ先生は、そんな時、無意識に俺と距離を置こうとするみたいだった。
まるで、俺から逃げたいとでも言うように。

その度に、俺は無性に腹が立って、苛立って、カカシ先生に八つ当たりをした。
俺はどうしてカカシ先生が、突然、そんな態度を見せるのかわからなかった。
不安で不安でたまらなかった。
カカシ先生が理解できずに、ただ闇雲に先生を束縛し、無理矢理、俺の方を向かせようとして、酷いこともした。
何度も何度も、乱暴にカカシ先生の身体を開き、何度も何度も言葉をぶつけて、全身で縋った。


俺は一生、ずっとカカシ先生を好きだってばよ。

俺といてくれってばよ。

絶対、カカシ先生を離さないってばよ!

ずっと一緒にいるって言ってくれってばよ!


俺はひたすら自分の感情をぶつけ、必死でカカシ先生の言葉をねだった。
確かな約束が欲しかった。
言葉と言う絆に縋りたかった。
カカシ先生は、なぜか寂しそうに目を細めて曖昧に笑うばかりだった。



ある時は、
「ナルト、絶対なんて物はこの世にないよ。人の心は変わるものなんだよ」
そう言ってカカシ先生は笑った。
悲しみをいっぱい抱えて生きて来たカカシ先生は、そう言って笑った。

知っているってばよ。
わかっているってばよ。
俺だって、変わらないものなんかないって事を知った。
俺の心だって、こんなに変わったから。

誰かに認められたい。
誰かに愛されたいとばかり望んでいた俺だって、こんなに変わった。
カカシ先生に愛されて愛されて、俺は変わった。
愛されたのと同じ分だけ、いや、愛された以上に大きく深く人を愛し返したいって思えるようになった。


だから、人の気持ちは変わる。
だけど、変わらないものだってあるに決まってる。
人を思う気持ちは、変わるんじゃない。
思いって奴は思えば思うほど大きくなって、それは留まるところを知らず、どんどん深く果てしなく育って行く物なんじゃないのか?
それが、人の気持ちは変わると言う事なら、俺の気持ちも思いも、大きく変わったはずだ。










6.


カカシ先生は、きっと物凄く俺が好きだ。

これは、自惚れなんかじゃない。
凄く凄く俺のことを愛している。
誰よりも何よりも愛していてくれいる。
いつだって自分のこと以上に考えてくれている。

だから……
だから、俺のために別れようとしているんだってことが、なんとなくわかるようになってしまった。
それがわかった時、俺は嬉しいよりも先に、すげー悔しくって、そして情けなかった。

なんでそんな風に考えるんだろう。
カカシ先生の存在がなんで俺にとってマイナスになると言うんだろう。
俺にはどう考えても理解出来なかった。
男同士だから?
俺が年下だから?
先生と生徒だったから?
そんなのは何もかも今更だ!

俺はいつまでもカカシ先生に守られるばかりの子供じゃない。
いつまでも俺の言葉を信じて貰えないことが悲しかった。
俺は、もっともっと大人になって、カカシ先生を安心させたかった。
俺を信じて欲しかった。



だけど……
カカシ先生は人を信じられないんじゃない。
俺を信じていないんじゃない。
自分を信じていないんだ。
自分の価値を信じていないんだ。

里の外にまで名の轟くエリート忍者なのに、忍者としてだけではなく人としても誰からも信用され信望の厚い人柄だと言うのに……
火影候補にすら上げられた忍だと言うのに……
誰よりも思いやりに溢れた忍びだと言うのに……
自分を思いやることを知らな過ぎる。
自分を信じることを、自分を愛することを知らな過ぎる。

だから、いつか俺の気持ちも変わってしまうって、自分に言い聞かせていたんだ。
そう言い聞かせ続けていなければ、俺の側にいられなかったのかもしれない。


そんなカカシ先生が腹立たしくって、そして悲しかった。
そして、頭に来るよりも、自分が情けなく思うよりも何よりも、俺はカカシ先生が可哀相で堪らなかった。
俺のことが好き過ぎて、別れようなんて、そんなバカなことを考えるなんて、可哀想過ぎる。
俺が、絶対にそんな日は来ないって、信じさせてやる。
別れよう、逃げようなんて思えなくなるくらい、俺が大事にしてやる!
つまらない事なんか考えられなくなるくらい、俺がカカシ先生を満たしてやる!

俺のためを思ってくれるなら、俺の側で幸せになってくれ!
俺の側で笑っていてくれ!



俺がしつこくしつこく迫り続けて粘り続けて、やっばりカカシ先生が渋々折れると言う形で、やっとやっと同居に持ち込む事が出来た。
カカシ先生は、俺のことをあくまでも居候だと言い張って、そう言う立場を崩さなかったけれど、俺にとっては同居でもなく同棲だった。
一緒に暮らし始めて、やっとカカシ先生の信頼を少しは得られたと思った。

恋人と言う垣根を越えて、俺たちは家族になれたんだと思えた。
家族のいなかった俺にとって、他人とひとつ屋根の下で暮らすことは家族の証にも思え、また「家族」と言う言葉は、何よりも勝る確かな繋がりに思えた。
だけどカカシ先生は、同じ屋根の下で暮らし、同じ飯を食いながら、いつか俺と別れる日へのカウントダウンを続けていたんだ。


一緒に暮らしながらも、カカシ先生は事あるごとに、同年代の友達ともっと付き合え、同年代の女と付き合えと言った。
笑って言った。
「馬鹿じゃねーの。恋人に向かって浮気を進めるなんて、ツンデレも程があるってばよ」
俺は、もう全く、そんな言葉は取り合わなかった。

「俺はそんな浮気な男じゃねーし、絶対、カカシ先生に飽きるなんてことないってばよ」
少し怒ったふりを見せたこともある。
カカシ先生はカカシ先生で、
「バカ、浮気は男の甲斐性だろ」なんて、やはり笑って言い返して来るのだった。


冗談の中の本音。
嘘の中の本心。
カカシ先生は嘘ばっかりだ!



先生がいなくなって、俺が幸せになれるとでも本気で思っているのだろうか……
先生は大切な人を沢山失い続けて来て、今でも忘れられずにこんなに臆病になってしまったと言うのに、俺にも同じ思いをさせると言うのだろうか?










7.


「そろそろお前に火影の座を譲るよ!」
ある日、綱手のばーちゃんが、そう叫んだ。
俺は背中を思い切りどつかれた。
まだまだ怪力は健在なばーちゃんにどつかれて俺は蹈鞴を踏みつつ、喜びを爆発させた!

ついにその日が来た!
子供の頃からの夢がようやく叶う時が!
俺は火影たるべく男になれただろうか。
心の中で僅かな逡巡と自問自答をしながらも、喜びは隠しきれなかった。
それだけ待ち望んでいた一声だった。

そして、誰よりも喜んで欲しい人の姿が脳裏に浮かんだ。
俺以上に、火影になる日を信じていてくれた人。
四代目さえも超えると信じ続けてくれた人。
俺はその言葉にどれだけ励まされて来ただろう。
真っ先にカカシ先生に伝えたかった。
一番に喜んで欲しかった。


「カカシ先生、ついに俺も火影だってばよ!」
俺はカカシ先生の所に飛んで行った。
思った通りに、いや思っていた以上にカカシ先生は、喜んでくれた。
いつも以上に目を細めて、染みいるような笑みを浮かべて心から喜んでくれた。
俺を祝福してくれた。

そして、その笑みのまま、俺にこの世で一番残酷な言葉を投げつけて来たのだった。



「ナルト、いい機会だから、もう終わりにしよう」



なぜ、その時、俺の心臓は止まってしまわなかったのか。

なぜ、その瞬間に、石になってしまわなかったのか。


いつか、こんな日が来るんじゃないかって、俺は心の奥底でずっと思っていた。
カカシ先生は、その日が来たら、いつもと同じ顔で、いつもと同じ顔で笑って、別れ話を切り出すんじゃないかと思っていた。
俺は、正直、またかと思った
正直、いよいよ来たかと思った。


先生の悲しみは癒えない。
先生の不安は拭えない。
先生の穴は塞がらない。
それでもいつの日か、俺が癒せると信じていた。
信じていたはずなのに……


カカシ先生の優しい笑みは変わらない。
初めて会った日から変わらない。
カカシ班の上忍師として、俺たちの前に現れたあの日から、変わらない。

俺が告白した時見せた困ったような笑み、
俺が押し倒した時、下から見上げて来た、困ったような瞳、
二人で暮らし始めた家で、
二人で過ごすベッドの上で、強く強く抱き締めて、
「ずっとずっと一緒だってばよ」と俺が呟いた時に見せた笑み……
優しくって、ちょっと困ったような、寂しげな笑みは、ちっとも変わらなかった。



俺は思い知った。
俺と共にある限り、先生は幸せになれないと……
この世で一番幸せにしたいと願っている人を、この俺が苦しめ続けると言う矛盾。

それでも、俺と離れて暮らしていても幸せになれないなら、俺といた方がましなんじゃないか。
そんな風に考えもした。
俺のことが好きなんだから、俺の側にいつまでもいたらいいのに。
俺はこんなにカカシ先生のことを愛しているんだから、俺のために、俺と共に生きてくれりゃあいいのに……



先生が可哀想でたまらない。
俺のことが好きで好きでたまらない先生が可哀想でたまらない。
俺の側にいて、いつまでも傷つき続ける先生が可哀想でたまらない。


ただ、好きなだけでは、なぜ、足りないんだろう。
ただ、愛しているだけでは、なぜ幸せになれないんだろう。


夢見ていた日が実現し、それと同時に恐れていた日が現実となり、俺は目の前が真っ暗になるような気がした。










8.


「終わりってなんだってばよ」
誰の声だ、これは。
まるで他人が喋っているようだ。


「ナルト、別れよう」
聞き慣れた優しい声が酷く遠い。
もうこの声が、誰だったか思い出せないほど遠い。
それにしても陳腐な台詞だってばよ。


「先生、それで俺が、うんって言うと思っているのか?」
自分の声も、信じられないほど遠く聞こえる。


「だったら選べ、ナルト。俺か火影の座か」
カカシ先生は笑っている。
自分でも馬鹿らしい事を言っているのを承知の上で、俺に答えを迫り笑っている。
俺が、どちらも選べないのを承知で、聞いている。
だけどこれは質問なんかじゃない。


「どっちもだなんて、もう子供のような返事は沢山だ」
カカシ先生は優しく優しく笑いながら吐き出した。


どちら選んでも、俺はカカシ先生を失うと言う事が、わかった。
返事をする前から、カカシ先生の出す答えが、嫌と言うほど伝わって来ていた。


目に染みるような笑みを浮かべたカカシ先生の右目は、もう俺を見ていなかった。
目の前の俺を見ていなかった。
既にそれは、別のどこかを見据えていた。



別れようだなんて、俺たち本当に恋人同士だったのか?
わざとそんなつまんねー言葉を使って、俺たち本当にそんな関係だったのか?
恋人同士だったなら、一度でも、俺と生き続ける未来を夢見てくれたことがあったのか?


別れて、カカシ先生はどうするんだよ。
ただの先生と生徒に戻るつもりなのか?
そんなこと出来るわけねーだろ。
俺がうんと言うと思っているのか?
俺が泣いて縋るのを待っているのか?
鳴いて縋って雁字搦めに縛り付けて、どこかへ幽閉しちまおうか?
俺の答えなんかわかっているだろう?
俺はカカシ先生を離さないってばよ!


俺の口からは、どの言葉も出て来なかった。

俺の喉はからからに干乾びて、一言も出て来なくなってしまっていた。




俺の答えを待たずに、カカシ先生は俺の前から静かに去って行った。


そして、人知れず草になって、木ノ葉から旅立って行ったのだった。


一人になった俺の胸の奥底で、いつかカカシ先生が呟いた言葉がこだまする。









大丈夫だ、ナルト


この世の終わりかと思うほどの絶望も、いつかは薄れる


悲しみも必ず癒える日が来る


人は必ず次の希望を見出す


お前は若い


また新しい恋が待っているから




俺がお前に恋したように……










カカシ先生は嘘つきだった。








第一部 完



next







途中がき
ここで第一部完にしてみましたが、実はここまでが長い長い序章のようなものでした(汗)
いつもお話のスタートがくどくてマンネリだと言う自覚はあるのですが、
これが管理人のナルカカのこだわりであり、
どうしてもここからスタートしないとナルカカにならないのです。
ようやく物語が動いて行きます。


2011/11/23、11/23、11/26、11/28




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