オトナルカカ   シリアス








When I get you alone






9.    10.    11.    12.    13.











第二部     


9.


「おう、ナルト、久しぶりだな」

シカマルに呼ばれて火影室の幾つか手前の空き部屋に入ると珍しい姿があった。
数年ぶりに見るカカシ先生の忍犬パックンだった。
応接セットのテーブルの上にちょこんと座っているパックンは、昔と変わらず木ノ葉の額当てを頭に巻き、背中に『へのへのもへじ』と書かれたベストを着ていた。
パックンの姿を見ただけで、懐かしさと共に言い知れぬ痛みが蘇った。

不思議なことに、この小さくて優秀な忍犬は、俺が初めて会った頃からちっとも変わらない。
カカシ先生が草になってからは、彼らカカシ先生の忍犬達だけが、定期連絡に里を訪れていた。
最初の1〜2年は、俺も直接彼らに会い報告を受け取っていたが、最近ではシカマルが代わりに連絡を受けていた。

「本当に久しぶりだってばよ。何年ぶりだ?パックン、ちっとも変わらないってばよ」
「お主も、変わらないな。健勝そうで何よりだ」
パックンの目にも、俺の姿はいつだって変わらなく映っているらしい。
いつか背がぐんと伸びた時期に会った時、「大きくなったな」なんて言われたことがあるが、どうやらパックンの目には、知り合った頃のガキの姿とさして変わりなく見えるのだろう。
中身はいつまでも子供だと言われているようで、ちょっと切ない。


それはそうと、こうしてパックンの報告に付き合わせると言う事は、重要な報告なのだろうか。
それとも……
カカシ先生に何かあったのだろうか。
「カカシ先生からの連絡か?」
カカシ先生の名前を口にしただけで、俺は息苦しくなった。
この名前を口に乗せるのも久しぶりだった。


カカシ先生が草になって木ノ葉から消えてしばらくは、俺はあちこちから責められるように質問攻めにあった。
だが俺に説明出来ることは少なく、段々とカカシ先生の安否を尋ねる者もいなくなって行った。
今では、俺の前でカカシ先生の名前はタブー扱いに等しく、カカシ先生の名前を口にするものはいなかった。

だが忘れようとしても忘れられるわけはなかった。
ただ、忘れたふりをして、カカシ先生の思い出の上に重い蓋を乗せて無理矢理抑え込むようにして、俺は暮らして来た。
そうやって俺は日々を重ねて来た。
俺はカカシ先生のことを忘れたふりをして生きて来た。
そうでもしていなければ、俺の心にぽっかりと開いてしまった穴から様々な物が吹き出して行ってしまいそうだったから。

それは、変わらない。
カカシ先生の居なくなった日から。
俺の悲しみは薄れることは無かった。


この五年、一日たりとも。









10.


「ナルト、これを……」
シカマルに差し出された巻物を広げてみた。
それは、口寄せに使う特殊な巻物で、しかもかなり高度な術が記された物だった。
俺はこの巻物を見たことがある。
なぜ、この巻物がここに?

「これはカカシの物だ。ある忍犬仲間が拾ったと言って、拙者の所に届けて来たものだ」
「拾った?どう言うことだってばよ!」
この巻物をカカシ先生が手放すわけはない。
「カカシ先生はどこにいるんだよ、パックン!」
机の上に乗って俺を見上げているパックンに俺は詰め寄った。

パックンは首を横に振ってから話し出した。
「カカシに呼び出されたのは、かれこれ半年ほど前だ。東の国の境で木ノ葉への定期連絡を預かった。それ以来、カカシには呼び出されておらん」
「半年って、カカシ先生からの定期連絡は四ヶ月にいっぺんは来ることになっていたはずだろう?シカマル!前回はいつだ!」
「六ヶ月前が最後だ。定期連絡と言っても元々そんなに厳密な期限はなかったろう。草の連絡は、一ヵ月や二ヵ月遅れることもある」
「カカシ先生の連絡はきちんと届くって言っていたじゃねーか。それを二ヵ月も音沙汰なしだったのか!なんで黙ってた!」
俺は今度はシカマルに詰め寄った。


「落ち着け、ナルト」
シカマルは俺の興奮をなだめようと、両の掌をこちらにむける。
だけど、これが落ち着いていられるか!
「この巻物があった場所はどこだ?パックン案内してくれ。俺が探しに行く!」
「落ち着けって言ってる」
「落ち着いていられるかってばよ!なんで、二ヵ月前に報告しなかった!」
「火影サマにわざわざ報告するまでもないことだったからだ」
シカマルは淡々と告げた。

「なんで俺に!カカシ先生のことなのに!」
俺はカッとなって、シカマルの胸倉を掴みあげた。
「火影サマにいちいち全ての草の報告はしていなかったろう。カカシ先生の報告とて例外ではなかった。今までだってそうだったはずだ」
あくまでも冷静に言い放つシカマルの言葉に俺は打ちのめされる。
俺は……
俺は……カカシ先生がどこかで元気でいてくれればいい……と、それだけを願っていたのに。


「落ち着け、ナルト」
シカマルは繰り返した。
顎でソファに座るように指示されて、俺は渋々腰を下ろした。
「半年前のカカシ先生の報告では、東の国が、周辺の隠れ里を傘下にまとめ始め、また落ち忍を複数集めていると言う噂をキャッチしたと言う事だった。カカシ先生はこれから東の国に潜入すると書い来ていた」

東の国のきな臭い噂は俺も少しは聞き及んでいた。
やっと世界が平和になったと思ったのも束の間だった。
平和になったと思っていたのは、大国だけだったのかもしれない。
大戦の後も、辺境の小国同士は小競り合いを続け、抬頭と衰退を繰り返していた。
最近では、その中で東の国が頭角を現して来ていたとのことだった。

「俺は、カカシ先生は内部に潜り込んで連絡できる状況ではないのだろうと判断していた。近隣にいた他の草にも連絡を取り、東の国に向かって貰うところだった」
「それで、カカシ先生は……」
そんな情報が聞きたいんじゃない。
カカシ先生は……
カカシ先生はどこにいるんだってばよ!


「カカシ先生からの次の連絡を待っている所に、パックンがこの巻物だけを持って来た」
そんな……
そんなのおかしいじゃないか!
「だったら、今すぐに落ちていた場所に行ってカカシ先生を!」
「ワシらが既に探した。他ならぬカカシのことだ、ワシら八忍犬はこの巻物が落ちていたと言う場所に行き、四方八方に飛んでみたが、消息は掴めんかった」
「俺が行く。近くまで行けば仙人モードで感知できる。パックン案内してくれ」
「ナルト!」
俺は今まさにすっ飛んで行こうと腰を浮かしかけたが、再びシカマルの鋭い叱責の声が飛んで来た。
俺の前に立ちはだかるシカマルと睨みあう。

「お前が行っても無駄だ。この巻物がここにあると言う事が、どう言う事だかお前にもわかるだろう」
何がわかるって言うんだよ!
カカシ先生の巻物が落ちていたって言うだけじゃないか。
カカシ先生はどこかで窮地に立たされているのかもしれない。
この大事な巻物を無くして困っているに違いない。

俺が助けに行く!


「カカシ先生ほどの忍びだ。身の処し方は……」
シカマルは最後まで言わなかった。
わかっているだろうと念を押すように、厳しい表情でぐっと睨み据えて来ただけだった。









11.


「行っても無駄だ。それにカカシ先生は確かに木ノ葉の忍びだが、火影自らが赴くような事ではない。ナルト、自覚しろ」
「何を自覚しろって言うんだってばよ。カカシ先生は木ノ葉の忍びで俺たちの仲間だ。仲間を救いに行って何が悪い。救える者は救う。それだけだ」
シカマルはこれみよがしに大きな溜め息をついた。

「はっきり言わねーとわからないのか。カカシ先生のことは、もう諦めろと言っているんだ」
「諦めるってなんだよ。探しもしないで何を諦めるんだってばよ!そうだ、パックン、逆口寄せは?逆口寄せしてカカシ先生を呼び戻すことは出来ねーのか?」
「ワシら忍犬には無理だ。ワシらとカカシの間の契約はそう言った類のものではないのでな」
パックンは、額の皺を深くして難しい顔をし、静かに首を横に振った。
だったら、やっぱり俺が行って探して来る。
それしかねーじゃねーか。

「俺に探しに行かせてくれ」
「ナルト、お前は火影だ。私情に流されるな」
「私情?私情でも構わねーってばよ。今でもカカシ先生は俺の大事な人だ。どこにいようと、どんなに離れていようと、変わりはねぇ!」
「カカシ先生は、お前のそう言う弱い心を断ち切るために草になり、お前の前から去ったんじゃないのか」

違う。
カカシ先生は逃げたんだ。
俺を愛し過ぎて逃げたんだ。


「ナルト、お前は火影になったんだ。お前が望んで火影になったんだろう。それがお前の意志だったんだろう」
シカマルは厳しい口調ながら、諭すように続ける。
そんなシカマルの声に、懐かしい声が重なる。


『だったら選べ、ナルト。俺か火影の座か』


忘れようとしても忘れられない、カカシ先生の言葉が蘇った。
胸が痛む。
俺はぎゅっと心臓を押さえた。


なぜ、選ばなければならない。
火影の座と先生と……
それは比べるものなのか?
例え先生以外の何者かだとしても、なぜ比べなければならない。

俺は選んだんじゃない。
選べなかったんだ……



「五年も前に、お前たちの関係は終わったろう。お前はこの五年、カカシ先生のことを忘れて過ごして来たじゃないか」
「違う!忘れてなんかいない。忘れたことなんかねー」
「過去にするつもりで、忘れるつもりで、その努力をして来たんだろう。それを何故、無にする。追いかけることをせず、火影の任務を全うして来たことが、お前の努力の証だろう。カカシ先生が草になって、どこの国に赴こうとお前には関係のない事だったじゃないか。カカシ先生の動向は既にお前の手の届かない所にあったじゃないか。それもカカシ先生の意志だ」


違う!
違う!
違う!!

俺はこの五年、一日だってカカシ先生を忘れる日は無かった。
カカシ先生を思い出さない日は無かった。

そして、俺はこの五年、毎日、毎日、カカシ先生を忘れる努力をした。
朝、目を覚ますごとに、カカシ先生を思い出し、そして頭の中から消し去る努力をした。
苦行のように、思い出さない努力をし続けた。
朝起きてカカシ先生の顔を脳裏に浮かべ、必死で振り払う毎日だった。
毎日、毎日、その繰り返しだった。

会いたくて会いたくてたまらない心を押し殺して、俺は生きて来た。
カカシ先生の動向を、カカシ先生からの定期連絡の有無を尋ねたい心を押さえつけ、無関心を装って過ごして来た。


選んだんじゃない。
選べなかったんじゃない。
追い掛けなかったんじゃない。
探しに行かなかったんじゃない。



俺は逃げ続けていたんだ。




嘘つきは俺だ……









12.


後悔の連続だった。
この五年間、俺は後悔し続けていた。


カカシ先生が、どこかで生きていてくれる。
それだけが俺の希望だった。
だが、そう思う側から、俺の手の届かない所でカカシ先生の身に何かあったらと思うと、恐ろしさで身も竦む思いだった。
だから俺は考えないようにしていた。
考えることからも逃げていたんだ。
だけど……

今、行かなければ、俺は更に後悔する。
一生、悔やんでも悔やみきれない後悔を重ね続けることになるだろう。



「カカシ先生は、絶対に生きている。俺の助けを待っている。行かせてくれ、頼む」
「ナルト、何度も言わせるな。受け入れ難いかもしれないが現実を直視しろ」
シカマルは、これが現実だと言わんばかりに、眼差しを巻物に向けた。
絶対に手放さないような巻物が、放置されていた意味を受け入れろと言っている。
この巻物の存在ひとつをとって、カカシ先生の生存を否定するのか。
だったら、俺は屍を拾いに行くと言えば納得するのか。

「弔い合戦なら良かったのか、シカマル」
俺の口から飛び出した皮肉めいた台詞にシカマルは目を瞠った。
「お前がそれを言うのか、ナルト」
苦虫を噛み潰したような顔で俺を睨んで来た。

「俺は弔い合戦なんかする気はねー。カカシ先生を救いに行くだけだ。この巻物を手放したからと言って、カカシ先生が死んだなんて俺は絶対信じねー。連絡を寄越せないほど苦境に立たされているんだ。だから救援に行くだけだ」
俺は真っ直ぐにシカマルの瞳を見詰め返した。
俺は喋りながら、自分にも言い聞かせていた。


俺は、信じる。
カカシ先生は生きていると。
カカシ先生が死んでたまるか!
そう思う側から、昔の記憶がまた蘇る。

そうだ……
カカシ先生は……
カカシ先生は一度死んだことがある。

ペイン戦の最中だった。
俺が妙木山から木ノ葉に戻った時、カカシ先生のチャクラは感じられなかった。
俺にはあの時、驚愕する間も、悲しむ時間も無かった。
ただ一瞬にして、激しい絶望と憤怒が湧き上がっただけだった。

その後、カカシ先生は生き返って、
「臨死体験って奴を経験したよ。俺もあの世で父親に会ってな」
なんて、飄々と言っていたけれど、俺は気が気じゃなかった。
あのまま戦いが終わって、カカシ先生が蘇らなかったら俺は一体、どうしていだろうか。
第四次忍界大戦が始まり、そんなことを考える余裕もなく、あの後も日々は慌ただしく過ぎて行った。
そうだ、あの頃、忙しい最中にカカシ先生は……

記憶に隅にふと引っ掛かりを覚えて、俺は目の前の巻物を見直した。
もしかしたら、これはあの時の……









13.


「この巻物……パックン、覚えてねーか」
「覚えておるも何も、これは八忍犬に関する術の書かれた巻物だ。ワシらの契約もほれ」
パックンはテーブルの上の広げられた巻物の一部を前足で指した。
そこには大きいものから小さいものまで様々な犬の足型が幾つも押されていた。

「そうじゃなっくて、これ、いつ作ったのか覚えてねーか?」
「作った時期だと?」
シカマルが怪訝そうに突っ込んで来る。
「これ、作り直したことねーか?」
「ああ、そう言えば、これは何年か前にカカシに頼まれて一度作り直したことがあるな」
バックンは、巻物を覗き込み、しばらく考えてから呟いた。
その言葉に俺は確信を深めた。


「だろう!だったら、カカシ先生は生きてる。この巻物が証拠だ!」
「ナルト、もう少しわかるように言え!」
「ペインと戦った時のことだ。あの時、カカシ先生は一度死んだんだ」
「ああ、確かにチョウジもそう言っていたな。そしてあの戦いで死んだ者はみな蘇った。それが?」
「その少し後のことだ。カカシ先生は大事な巻物が何本か消えてしまって、新しく作り直さなければならないとぼやいていたことがある」
「消えた?」
「おお、そうだった、そうだった。これはその時、作り直したものだ」
「まさか」
それだけでシカマルはピンと来たようだ。

「この巻物には術が掛かっているとでも言うのか?」
シカマルは巻物を手に持ち、検分するように眺め始めた。
「持ち主の死亡と同時に消滅するような」
そして半信半疑のような声音でぶつぶつと呟いている。
「あん時は、戦いで破損しちまったんだろうくらいにしか思わねーで詳しくは聞かなかったけど、良く考えたらこの手の巻物は、戦う度に消えたり壊れちまうようなものじゃねーだろ?」
「確かにな。チィ、俺にはこの巻物に術が掛けられているかどうかはわからねー。下手に発動させようものなら、巻物自体が使い物にならなくなりそうだしな。専門の部署に回すか」
シカマルは、この場での検証は諦め、巻物を巻き直してテーブルに置いた。


「俺は、この巻物が、ここに消えないで残っていると言う事が、カカシ先生が生きている証拠だと思う」
シカマルは、何かを考え込むように目を閉じた。
シカマルの優秀な頭脳がフル回転しているはずだ。
カカシ先生の生存率と、救出の可能性を弾き出しているんだろうか。
そんなの100パーセントに決まっている。
しばらくの推考の後、シカマルは目を開き、ふーっと大きく息を吐き出して、いつものようにだるそうに首を左右に振った。
「東の国へは、忍びの足でも一週間は掛かる。お前なら3日もあれば着くか……」
その言葉だけで俺はシカマルの許可と、カカシ先生生存の太鼓判を押された気になり、一層の勇気が涌いた。

「二週間……いや、二週間じゃ流石に無理か。一ヵ月だ、ナルト。一ヵ月で帰ってこい。俺にフォロー出来るのはそれが限度だ」
「わかったってばよ。一ヵ月もあれば楽勝だ。必ずカカシ先生を探して……」
そこまで言って俺は口籠ってしまった。

探して……
探して、見つかったら、どうする……
俺は、どうするんだ?

俺の困惑を見透かしたように、シカマルの口の端が上がる。
からかうような笑みを浮かべて、続きを促している。

どうする、ナルト?

俺はどうしたいんだってばよ?

心の中で自問自答した。

今までも何度も何度も繰り返して来た後悔と自問自答だった。

決まっている、答なんか端から決まっているのに!


「必ず探し出して、木ノ葉に一緒に帰って来るってばよ!」
俺は一度大きく息を吸い込み、大声で宣言した。



必ず、カカシ先生と戻って来る!





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