オトナルカカ   シリアス








When I get you alone






14.    15.    16.    17.    18.    19.












14.


俺は仙人モードになりパックンを懐に入れて、一路東の国へ向かった。
東の国は砂漠の国を越え、更にその遥か遠くにあった。
俺には昼も夜も関係なかった。
三度、日が落ち、四回目に日が昇る頃、俺たちはようやく東の国に辿り着いた。
東の国は、木ノ葉ではお目に掛からない高い山々が連なる険しい地だった。

先ずは巻物が見つかったと言う場所に行った。
「ワシらはここから十里四方、走り回ってみたが、既にカカシの匂いは残っていなかった。また戦闘の跡らしきものも見あたらなかった」
パックンはそう説明してくれた。
仙人モードの俺にも、この付近からはカカシ先生のチャクラは感じられなかった。
幾ら仙人モードと言えども、人一人のチャクラを確実に感知できる距離は限られている。
東の国は人の住める平地こそ少なかったが、広大な範囲に広がる国だった。


巻物がここ落ちていたからと言って、カカシ先生がこの近くで危機に瀕したとも限らないし、いつまでもこの辺にいるとも限らない。
俺は、東の国中、探し回る覚悟だった。
この国にいなければ、世界中にだって足を延ばす。
地の果てまでも探しに行く。

出立する前にシカマルが、「お前にはぜったい、向いてないと思うがな」と言いながら、諜報活動のいろはを即席で叩き込んでくれた。
人里に出たら、里に溶け込め。
人畜無害な旅人を装え。
「馬鹿そうな方が怪しまれないな、うん、お前は馬鹿面はいけてるな」なんてひでーことも言ってくれやがった。

馬鹿面はともかく、先ずは忍びの隠れ里を探すか、それとも普通の村を探し、村人に聞き込みをした方がいいだろうか。
カカシ先生は草として旅人のふりをし情報を集めていたはずだから、村人と接触している可能性は高い。
カカシ先生は、木ノ葉の額の当ては外しているはずだ。
包帯か無難な眼帯をし、ありふれた旅装束を着ているはずだが、あの風体は目立つはずだ。
見掛けた誰かが覚えているかも知れない。
それとも既に隠れ里に潜入しているのかもしれない。
そこに囚われているかもしれない……

考えていても埒はあかねぇ!
どっちもだ!
村があれば村人全員にあたる。
街があれば、隅々まで探し回る。
忍び里が見つかれば、俺も潜り込む!
それだけだ!


俺は仙人モードで、どんな小さな手掛かりも見過ごさぬように全神経を張り詰めながら、尾根から尾根を飛び回り、険しい山肌を縦横無尽に駆け廻った。
この東の国の人里は、山裾にへばりつくように点在していた。
俺は人の住む村を見つければ、必ず降りて行き、村人全員に尋ねて回った。

山と山を繋ぐ街道沿いに、宿場町があれば、そこにも必ず立ち寄った。
全ての宿、全ての店に入って行き、ここ数ヶ月の間に何か変わったことは無かったか、俺みたいな旅人は来なかったか尋ね回った。
村と村を結ぶ林道に茶店があればひとつ残らず立ち寄った。
必ずカカシ先生もどこかに立ち寄っているはずだ。
俺はパックンを連れ、そのひとつひとつをくまなく探し歩いた。

一週間、二週間はあっという間に過ぎ去って行った。









15.


三週間目には、忍びの隠れ里を見つけた。

東の国の忍びは人数も少ない小さな集団だったが、最近めきめきと大所帯になり、更に名の知れた落ち忍や無頼漢などを雇い入れていると言う噂だった。
俺も落ち忍のふりをして潜入しようと思ったが、俺が見つけた里はとても他所の忍びを雇い入れているような隆盛を誇る里には見えなかった。
潜入を易々と許すような警戒の緩い里だった。
そして、既に衰退しかかった里に見えた。
とても大国に攻め入るほどの力は見てとれなかった。
噂は噂に過ぎなかったのだろうか。

この程度の里の忍びに、カカシ先生が遅れを取るわけは無い。
この里の捕えられて身動きできないような状態になるわけはない。
俺はそう確信した。

しかし気になる噂はもうひとつあった。
数ヶ月前に、この里で暴動があったと言う話だ。
かなり腕の立つ忍びと忍び同士がやりあったらしい。
猛毒を扱う忍者が大暴れをし、毒に殺られた者が沢山出て、そして生き残った者は散り散りに逃げ出した……と言う噂だった。

もしかして、それはカカシ先生が一枚噛んでいる話なのではないだろうか。
カカシ先生は、落ち忍に変装して潜り込んでいたのではないだろうか。
そしてこの里に壊滅的な打撃を与えたのではないだろうか。
俺はそう想像してみたが、だったら、その後、カカシ先生はどこへ?
暴動の首謀者がどんな男だったのか、どんなに探ってもそれはわからなかった。
しかし、あまりにもわからないことだらけなのが、いかにも頭脳派のカカシ先生の策略にも見えて来るのだった。

だが、俺には、その里でカカシ先生の痕跡は何も見つけられなかった。



三週間が過ぎる頃には、俺はほんど東の国を回ってしまっていた。
隣国との境界はすぐそこだった。
この山の向こうは、人も動物も住めぬ、植物も生えぬ荒れ果てた荒野が広がっているばかりだった。
忍びでもこの荒野を横断するものは少なく、隣国に行くにはここから大きく迂回して海を渡るのが常だった。
カカシ先生は、まさか荒野に踏み入れてしまったのだろうか。

東の国のどこかで俺と擦れ違ってしまったのだろうか……
国の中には、まだ俺が見つけていない隠れ里があるだろうか……
これから探す、この山の麓には幾つ人家があるだろうか……
そのどこかにいるだろうか……

それとも、もう東の国にはいないのではないだろうか……

日を追うごとに、俺の心の中には不安が大きく広がって行った。



「パックン」
「なんだ、ナルト」
「パックンは、なんで付き合ってくれているんだ?俺と口寄せの契約をしているわけでもないのに」
俺はパックンを肩に乗せ山の中を移動しながら、ずっと気になっていたことを尋ねた。

「ふむ……お主と口寄せの契約は無理そうだからな。まあカカシとは長い付き合いだからだ」
俺はパックンと口寄せの契約を結んで貰おうとしたが、蛙を口寄せする俺とはどうにも相性が悪いらしく、パックンに拒絶されてしまっていた。
それでもパックンはこうしてずっと付き合ってくれていた。
それが不思議だった。


「長い付き合いって、どのくらいだってば?」
「サクモの代からの付き合いだ」
「それってカカシ先生のとーちゃんだよな?白い牙って呼ばれていた。カカシ先生のとーちゃんってどんな人だったんだ?」
「サクモか?サクモは見た目は大層な優男で根も優しい男だったが、ひとたび戦場に立てば鬼神のごとき恐ろしく強い忍びだった。三忍も霞むとは良く言ったものよ」
「カカシ先生と似ていたか?昔、砂のばーちゃんがカカシ先生を白い牙と間違えたってばよ」
「うむ、そうだな、匂いは少し似ていたかもしれん」
「匂いって。パックンは匂いで判断しているのかよ」
「当たり前だ。拙者は見た目はぷりてぃーなわんちゃんでも、由緒正しき忍犬だぞ」
バックンはなんだかよくわからない威張り方をした。

パックンは人里では普通の犬のふりをして、俺に付き従って歩いてくれていた。
宿の人なんかに「可愛いわんちゃんですね〜」なんて言われた時は、一応尻尾は振って見せていた。
それでも後で「馴れ馴れしい小僧め」とかなんとか良く怒っている癖に、自分で可愛いと言うのはいいんだな。
でも、パックンが超優秀な忍犬だって言うのは認めるってばよ。
だから……

「人の匂いは、何年たっても変わらないよな?」
「ああ」
「だったら、カカシ先生の匂いなら、パックンには必ずわかるよな」
「ああ」
「どんなにカカシ先生が変わってしまっていても、わかるよな?」
「ナルト、お主何が言いたい?」
「俺が……仙人モードで幾ら探しても見つからねーなんて……」
俺にはもうカカシ先生が見つけられないのではないだろうか……
パックンだけが頼りだ……


俺は弱音を吐きそうになっていた。









16.


「ナルト、茶店だ」
俺たちは、しばらく無言で移動を続けていたが、突然パックンが鼻をひくつかせた。
細い山道の曲がりくねったその先に、団子と書かれた旗の出た茶店が見えて来た。
山と山とを繋ぐ茶店には、旅人が立ち寄り、様々な噂話や情報が集まって来る。
いつも通りに俺はその茶店にも立ち寄った。



人の良さそうなじーちゃんとばーちゃんがやっている店だった。
俺は店の前の縁台に腰を下ろし、団子を注文して、さりげなく世間話を始めた。

俺はエロ仙人を見習って、取材旅行中だと称していた。
冒険小説を書くために、世界中の面白い話を集めて回っている。
何か珍しい話は無いか。
特に忍者の話なんか聞きたいってばよ。
そう話を向けるのが、一番、話を引き出しやすかった。


「変わったことなどないねぇ。この辺は平和だからねぇ」
「ふぅん……じゃあさ、俺みたいな旅人は、滅多にここを通らないってば?」
「ああ、お前さんみたいに遠い国からのお客人は稀だねぇ。親戚を尋ねてこっちの村とあっちの村を行き来する者や、ほとんど顔見知りの行商人が、年に数回来るくらいだねぇ」
「じゃあこの辺で忍者同士の戦いなんか見られるわけはねーよなぁ?」
「あはは、そんな物騒なことがあるもんかね」
話好きのばーちゃんは、ないないと手を振りながら笑う。

「そっかぁ、伝説の忍者になんて滅多にお目に掛かれるもんじゃねーな。あ、でも忍者は変装しているってばよ。それでも隠しきれない怪しさがぷんぷんしているんじゃね?顔にこんな傷があったり、こーんな風に片目を隠していたり。ばーちゃん、そんな奴、見たことねーってば?」
「そんなあやしい恰好のもんが、真昼間からこんな所を通るもんかね」
「あはは、そりゃそうだってばよ」
俺は話を合わせ快活に笑って見せた。


「そう言えば、怪しい風体と言えば、ソウタさんの所の……」
「こらこら、怪しい風体なんて言うもんじゃないよ。ありゃあ、大怪我を負って戻ってきたって言うじゃないか」
じーちゃんが、何か言い掛けたばーちゃんを咎めた。
「ソウタさんってとこに怪我人がいるのか?大怪我をして戻って来るなんて、そりゃあ、何してた人だってば?ばーちゃん、この団子すげー美味いってばよ。もう一皿!」
団子のお代りを注文し、興味津津の顔で水を向ければ、ばーちゃんの口は滑らかに動き続ける。

「ああ、大昔に家を出た息子さんだがね、大怪我して戻って来たって、ありゃあ三ヶ月ほど前だったかねぇ、ソウタさんが大慌てで医者を呼びに来てね。その医者が言うにゃあ、全身に酷い怪我を負って、なんでも人相もわからないほど酷い有様だってんだよ。ありゃあ、本当にギンジさんなんかいねぇ」
「こらこら滅相なことを言うもんじゃねぇよ。顔はわからなくても、銀髪だったて言うじゃねぇか。銀色の髪をしてんなら、ギンジさんだろうて」
「ギ、ギンジさんって言うのは、銀髪なのか?!」
俺は食っていた団子を吹き出した。


「ああ、珍しい銀髪だったからギンジってつけたくらいだからねぇ。ギンジさんは銀髪だったよ」
「そ、そのギンジさんってのは、大怪我をして戻って来るなんて、な、何してた人だってば?も、もしかして忍者だったりして?」
俺は内心の動揺を押し隠して尋ねた。
「いやぁ、何をしていたんだが、大昔に家を出て寄りつかなんだ。だから顔も随分変わっちまってたろうて、親にもわからんだろうて。本物なのかどうかあやしいわい」
「あれだけ親身に世話をしとるんじゃ、息子に決まっとろう。それにどんな姿でも、息子が戻って来たんだ、嬉しかろうて」
「まあ、そうかもしれんねぇ……」
俺は逸る心を抑え、ソウタと言う人のだいたいの家の場所を聞き出し、団子代を払って店を出た。


店から離れると、俺の足元に黙って座って一緒に話を聞いていたパックンと顔を見合わせた。
銀髪。
顔もわからぬような大怪我を負った銀髪の男。
わかっていることはそれだけだ。

カカシ先生かも知れない。
だけど、カカシ先生だとしたら……
口も聞けぬ状態なのだろうか……
大怪我をしているのがカカシ先生であっては欲しくない気持ちと……
今度こそ、カカシ先生であってくれと言う思いが交錯する。


俺は無言で仙人モードになり、パックンも無言のまま、いつものように俺の懐に飛び込んで来て収まった。
そして、俺たちは川下にあると言うソウタと言う人の家に向かった。
藁にもすがるような思いで疾走した。




先生!

カカシ先生!

迎えに来たってばよ!!
先生!返事をしてくれ!

俺は心の中で呼び掛け続けた。

そして先生の無事を祈り続けた。



だが、目的地に近付いても、一向にカカシ先生のチャクラを感じることは出来なかった。









17.


やはりギンジって人はカカシ先生ではないのか。
また肩透かしか……
俺は落胆しかかっていたが、目的地のごくごく近くまで来たところで、
「ナルト!僅かだが匂いがするぞ」
懐から顔をのぞかせていたパックンが、ヒクヒクと鼻をひくつかせてそう叫んだ。
「えっ?!カカシ先生なのか!」
「うむ、色々な薬草の匂いに混ざってかなり薄いが、これは確かにカカシの匂いだ」

カカシ先生を見つけた!
カカシ先生が生きていた!
俺の心は、絶望から一気に歓喜に満ちた。
だが仙人モードの俺に、カカシ先生のチャクラが全く感じ取れないのはどうしてなんだうろう。



「この家だ」
「本当に本当にカカシ先生の匂いなんだな?」
「拙者が間違うわけはない」
「だったらなんで先生のチャクラが感じられねーんだ……」
家の前で俺は仙人モードを解いた。

顔もわからないほどの大怪我をして帰って来たというソウタさんの息子がカカシ先生だった。
カカシ先生は良くチャクラ切れを起こしていたが、何ヶ月もチャクラが回復しないほどの怪我なのだろうか。
意識すらないのか……
どれほど変わり果てた姿になっているのだろうか……

怖い……
俺は現実を受け入れられるだろうか。
怖くて……足が竦む……

「ナルトしっかりせんか!確かにカカシの匂いだ。カカシは生きておる」
俺の戸惑いを察したパックンが、そう叱咤して来た。
はっとして懐から俺を見上げているパックンと目を合わせれば、パックンは力強く頷いてくれた。

そうだ、カカシ先生が生きている。
生きていてくれたんだ。
生きてくれていさえしたら!
それが全てだ!
俺は意を決して扉を叩いた。



「ごめんってばよ!人を探している。ここに銀髪の男がいるって聞いて来たってばよ!」
俺はカカシ先生にも届けと大声叫んだ。
家の中から、老夫婦が出て来て、何事かと目を丸くしている。
俺は簡単に自分の素性と、人を探してここに辿りついたことを説明した。
「家には銀髪の息子はいるが、あんたの知り合いなんかじゃないよ」
だが、じーさんもばーさんも、けんもほろろで取り付く島もなかった。

「いや、その人はばーさんの息子じゃねーってばよ。俺の知り合いだ。合わせてくれ」
「しつこいね、あんたの知り合いだなんて、なんで見もしないでどうしてわかるね」
「見なくってもわかるってばよ!でも、会わせて貰えば確実だってばよ。頼む、その人に会わせてくれ」
俺は必死で言い募り頭を下げた。
「見たってわかりゃしないよ。あれは家の息子のギンジだよ。間違いないよ。さあ、帰った帰った!」
頑として聞き入れてくれず、じーさんとばーさんは俺の前に立ち塞がった。
こんなじーさんとばーさん相手に強硬手段には出たくはねーが……
止むを得ない、無理にでも上がり込んでしまおうと思ったが、それより先にパックンが俺の懐から飛び降りた。

「ナルト、奥だ」
パックンは、ばーさんの足元をかいくぐって、家の中へ入って行った。
「ちょっと!こら、お待ち!いっ、犬が、犬が喋ったーー!」
「失礼するってばよ!」
パックンが喋ったことに驚いている隙に、俺も二人の間をすり抜けてパックンの後を追った。

パックンは、家の奥に続く廊下を通り、裏庭に面した部屋の前で止まった。
そして、少し隙間の開いていた襖から、部屋の中にスタスタと入って行った。
俺もすぐにその部屋に辿りついた。
ここだ。
この中に、カカシ先生がいる……

俺は大きく息を飲み込みき襖に手を掛けた。
襖を大きく左右に開くと、電気の付いていない部屋の中に、午後の日差しがさっと射し込んだ。


六畳の座敷の中央に、布団が一組敷かれていた。
包帯で顔をぐるぐるに覆われた何者かが寝ていた。
男だか女だか……いや、生きている人間なのかさえわからないような有様だった。
だが頭に巻かれた包帯から、所々はみ出している髪の色は確かに銀色だった。


懐かしいカカシ先生の髪の色だった。









18.


俺はその光景を呆然と見詰め、入り口で固まってしまった。

カカシ先生なのか……
本当に……?
これが本当にカカシ先生なのか……?

俺の疑念を払拭するように、包帯に覆われた顔に鼻を寄せて匂いを嗅いでいたパックンが、「カカシだ」と静かに告げた。

カカシ先生?
先生?
先生ってば、なんで……なんで、そんな所で寝ているんだってばよ?
助けに来たってばよ?
先生を探して、探して……ようやく見つけたってばよ?

部屋からは、全身に塗り込められているだろう薬草の匂いと倦み爛れた悪臭が漂っていた。
布団を掛けられていてさえわかる、あまりにもやせ衰えた姿に俺は自失し、ただ立ち尽くしていた。


「こらっ、勝手に入るんじゃないよ!家の息子のギンジだって言っているだろう!」
そうこうする内にじーさんとばーさんが、怒鳴りながら追いついて来た。

違う、これはギンジなんて人じゃない。
カカシ先生だ。
俺のカカシ先生だ!
俺の身体はようやく呪縛が解けたように動きだした。

「カカシ先生!ナルトだってばよ!先生!迎えに来たってばよ!起きてくれってばよ!」
叫びながら部屋に飛び込み、布団の傍らに膝をつき、眠るカカシ先生を覗き込んだ。
「カカシ先生!俺だってばよ!ナルトだってばよ!!」
俺は何度も呼び掛けた。
「カカシ先生、なんでこんなところで寝ているんだよ!起きてくれってばよ!俺の声が聞こえねーのか?。ナルトだってばよ!」 だが包帯の隙間からようやく覗いて見える閉じられた瞼は、ピクリとも動かなかった。
「おはよって言って起きてくれってばよ!」
身体に触れたら、いきなり崩れて消えてしまいそうな恐怖から、俺はカカシ先生に触れることも出来なかった。
ただ、祈るように呼び掛け続けた。



「お前さん……ナルトと言うのか……」
後ろからじーさんの声が聞こえた。
「そうだってばよ、俺はうずまきナルト。この人は、はたけカカシだってばよ」
「そうか……お前さんがナルトか……」
じーさんは、寂しそうにどこか気が抜けたように呟いた。
「ばーさん、やはりこれはギンジではなかったのぉ……」
そう続けたじーさんの言葉に、ばーさんは廊下にへたり込んだ。

俺の名前を知っていたのか?
カカシ先生は俺のことを話していたのだろうか?
だったら意識はあるのだろうか。

「ナルト、ナルト……と、時折りうわ言を呟いておった。まさか人の名前だったとはのぉ……」
カカシ先生が俺の名前を?
俺のことを呼んでいてくれたのか……?

俺の名前を……
そう繰り返しただけで、俺は胸が詰まり、食い入るように見詰めていたカカシ先生の姿が、なぜかぼやけて見えて来た。
俺は慌てて、ごしごしと目を擦った。

先生、俺、先生を探して来たんだってばよ!
目を開けてくれよ!


そっと布団をまくってみた。
布団の中の身体は、俺の知っているカカシ先生よりも随分と小さく見えた。
まるで骨と皮ばかり……
棒きれに包帯を巻き、浴衣の寝巻を着せているみたいだった。
清潔な包帯を巻かれているはずなのに、包帯は塗られた薬草に交じって爛れた膿が滲み出ていた。
かろうじて包帯の巻かれていない部分から覗く肌はどす黒く変色し、奇妙に膨れていた。


なんで……

なんでこんな姿になっちまったんだよ、先生!


「……カカシ先生…………」


俺は……

俺は、遅かったのか……









19.


「今は薬が効いて眠っておる。と言っても、最近では殆ど目を覚まさないのじゃが……」
じーさんが、そう語り出した。


カカシ先生は、三ヶ月前、この家の裏を流れる河原に流れ着いていたと言う。
身体中、酷い有様で、傷だらけで虫の息だったそうだ。
「一目見て、これはもう助からんと思った……思ったが……ずぶ濡れになっていたがこの髪の色を見て、息子の姿を重ねたのじゃ」
だから家に連れ帰り、医者を呼びに行ってくれたと、じーさんは続けた。

切り傷や打ち身で腫れているだけではなく、全身の皮膚が黒く変色して腫れたり爛れたりぼろぼろになっていたと言う。
医者は一目見て、これは毒にやられていると見抜き、一通りの毒抜きの処置はしてくれたが、村の医者には解明出来ない種類の毒があり、完全な解毒は出来なかった。
それでも、三日三晩生死の境をさまよい、カカシ先生は奇跡的に一命を取り留めた。
医者は、「この人は毒の耐性があったのだろう」と驚いていたと言う。

だが予後は芳しくなく、一度、目を開けたが、口を利けるような状態ではなかった。
その後も、時折り目を開けたが、常に意識は朦朧としていた。
身体中にあった、刃物で切られたような傷や、激流を流されて来た間に出来たろう傷は、毒の所為で治りが遅く、後から後から化膿して行った。
化膿した傷口はパンパンに腫れ、膿を持ちそれが破れては悪臭を放っていた。
それでも、じーさんとばーさんは、半ば息子ではないとわかりつつも、息子の代わりのように毎日薬草を塗り包帯を変え献身的な介護を続けてくれていたと言うことだった。


「あ、ありがとうございました!」
俺は話を聞いて感極まり、ついには畳に手をつき、頭を畳に押し付けんばかりに下げた。
「カ、カカシ先生を救ってくれて、ありがとうございました!!」
感謝してもしてもしきれない。
こうしてカカシ先生が生きていてくれたのは、本当にじーさんとばーさんのお陰だ。
生きているカカシ先生に会えた。
カカシ先生を見つけられた!

「息子ではないとわかってはいたが、息子と同じ髪の色をした者が流れて来るとはこれも何かの縁と、懸命に看護して来た甲斐があったと言うものじゃ。お前さんの探していたお人なら、最期にひとめ会う事が出来て何よりじゃ……」
と、じーさんとばーさんは目に涙を浮かべている。
だけど最後ってなんだってばよ?
ちっとも最後じゃねーぞ!
「すぐに里に連れ帰るってばよ」
俺はそう宣言して、カカシ先生を抱き起こそうとした。


「こりゃ、無理じゃ!気持ちはわかるが、とても動かせるような状態ではない。お前さんも、ここでしばらく看病してやりなされ……」
じーさんが慌てて俺を止める。
「大丈夫だってばよ!俺の里には優秀な医療忍者……医者がいる。サクラちゃんに見て貰えば一発で治る」
「無理じゃて……とても長旅には耐えられまいて……」
ばーさんは、気の毒そうに首を振る。

「俺は……俺も、カカシ先生も忍者なんだ。一瞬で里に戻る術が使える。里に戻って、カカシ先生が良くなったら、またお礼に来るってばよ!」
俺はカカシ先生をそっと抱き上げた。
あまりの軽さに胸が痛んだが、連れて帰れば絶対にサクラちゃんが治してくれる!
「パックン!」
パックンに声を掛けるとパックンもすぐに俺の懐に潜り込んで来た。

「行くってばよ!」
俺はカカシ先生を抱き抱えたまま、印を切った。
カカシ先生の身体に負担を掛けずに一瞬で里に戻れる術。

飛雷神の術

俺のとーちゃん……四代目の術だった。
俺はマーキングしてある木ノ葉の自室に飛んだ。



カカシ先生を探す旅に出て、ほぼ一ヵ月ぶりの帰還となった。



そしてカカシ先生は、五年ぶりに木ノ葉に戻ったのであった。








第二部 完



next







途中がき
第二部完、起承転結で言えば「承」の部分までが終わった感じです。
ここからメロドラマ行きます!
ちょっと自分でも忘れていたような気がするんですが、これは恋愛小説だった!
と言うことを思い出し頭に叩き込んで、怒涛の第三部へ雪崩れ込みます!


2011/12/09、12/11、12/14、12/17、12/20、12/25




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