オトナルカカ   シリアス








When I get you alone






45.    46.    47.    48.    49.    50.











45.


壊れたドアを直すと言ってくれたヤマト隊長にストップを掛けたのはサクラちゃんだった。
「このドアは、しばらくこのままにしておきましょう」
「そうだな。ドアはいらねーだろ。折角、見通しが良くなったんだからな」
シカマルもそう言って賛成した。
カカシ先生も、「もう大丈夫だよ」と言いながらも頷いている。
「そう言うことなら、このままにしときましょうか」
ヤマト隊長も同意して、開放的になった入り口から廊下に出て三人は去って行った。




「少し片付けないとね」
カカシ先生は、なんでもないことのように言ってホウキとチリトリを持って来て、部屋に散らばったドアの木片を掃き寄せ始めた。
「な、なんで、出て行かなかったんだ?」
飛雷神の術で飛んで来たままの場所に、俺は呆然と突ち尽くしていた。

千載一遇のチャンスだったろう?
俺の所になんかいたくなかっただろ?
俺は今でも信じられなかった。
折角の助けを拒むなんて。
記憶を失ったカカシ先生は、やっぱり以前のカカシ先生じゃないのか?
判断力が鈍っているのか?


「なんでって、約束したでしょう。黙って消えたりしないって」
木の破片を掃き集めながら、カカシ先生はなんでもないことのように言う。
「だ、だからって」
「何、それとも、本当は私が立ち去っていた方が良かったのかな?」
「ちっ、違う。そうじゃないってばよ!お、俺は……」

俺は、あんなに酷いことをしたのに……
なぜ?
どうして?
カカシ先生の考えていることがさっぱりわからなくて、俺の頭は混乱を極めた。


「俺がいなくなっていた方が、もしかして清々したのかな。君は心の奥底では、解放されることを望んでいたのかな」
「違うってばよ!俺の望みは、ただ一つだ。欲しいのはカカシ先生だけだ。本当に……もう何もいらないんだ。カカシ先生がいればそれだけでいい。カカシ先生がいなくなるなら、俺はどこまでも追い掛ける」
「そう、そう言っていたよね。火影様が、何もかも放り投げて追い掛けて来るって。だから私は逃げないでここにいるって言っているんでしょう」
「お、俺に火影でいさせるためにいるって言うのか……」
これも、カカシ先生流の自己犠牲の表れなのだろうか。

「そうじゃないよ、ナルト」
まるで俺の心を読んだみたいにカカシ先生は答えた。
「じゃ……じゃあ……どうしてだってばよ……」
「自分の意志だよ」
「な……なんでだってばよ……」

そんなこと、信じられるわけがない。
何もかも、もう信じられない。
同情だろうか?
こんな男に情けを掛けるなんて馬鹿すぎる。



「信じられないって顔しているね」
「だ、だって……今はそんなこと言っていても、思い出したら……記憶が戻ったらカカシ先生は……きっと……」
またすぐに、今までの事を後悔して出て行くに決まっている。

「だったら誓約書でも書こうか?」
そんなもの……
そんなものが、何になる?
言葉も、約束も、全ては虚しい一時凌ぎだ。
どんなに口で約束を強請ったって、確かなものなんてない。

人の心が縛れないように、部屋の中には人の心まで閉じ込められないなんてことも、わかってる。
わかっているんだ……
俺は泣き笑いのような歪んだ笑みを見せて、力なく首を振った。


「それも信じられないか……どうしたら君に信じて貰えるんだろうね」
ざっと部屋の中を掃き終えてホウキとチリトリを壁に立て掛けたカカシ先生は、立ち尽くす俺の目の前で立ち止まり、困ったなと言うように首を傾げている。

「な、なんでそんなことを言うんだってばよ?なんで俺に信じさせようなんて思うんだってばよ!」
馬鹿じゃねーの?
記憶を失ったカカシ先生は、本当に全く違う人間になっちまったのか?
馬鹿じゃねーの。

いったい俺は誰と話しているんだ?
カカシ先生の顔をした誰かなのか?
これはもうカカシ先生じゃねーのか?
俺のカカシ先生はもう戻って来ないのだろうか……









46.


「私が君にそんな不信感を植え付けてしまったんでしょう……」
俺の目の前で、カカシ先生と同じ顔をした見知らぬ誰かが喋っている。

それは、あんたじゃねー。
俺をこんなにしたのも、あんたじゃねー。
今のあんたには関係ないことだ。
あんたは、カカシ先生なのに、カカシ先生じゃない!

「私は……どうしても君を憎めない……」
開かれている右目をふっと伏せて、俺の知らない誰かは呟く。

「こんなのおかしいと思いつつも……私は……完全に君を拒絶することが出来なかった……」
カカシ先生と同じ色をした銀色を睫毛を震わせて、何か話し掛けて来る。

「君の側にいたいと思うのは……私の意志だ。それだけでは駄目なのかい?」
何を言っている?
カカシ先生じゃない癖に!
カカシ先生の顔をして、俺を騙そうとしているのか?

嘘だ!
嘘ばっかりだ!
カカシ先生は嘘ばっかりだ!


「カカシ先生は…………」

嘘ばかりつくのは誰だ?

「俺のカカシ先生は……いつだって……俺の側から去ることばかり考えていた癖に!」

俺はカカシ先生に飛びかかった。
俺の体重を支えきれるはずも無く、俺はカカシ先生もろとも床に倒れ込んだ。


「嘘だ!嘘だ!嘘だ!カカシ先生は嘘ばっかりだ!」
カカシ先生の顔をして、また俺を絶望のどん底に突き落とすのか!

カカシ先生がいないだけで俺の世界は真っ暗だった。
カカシ先生がいなくなった世界は、真っ暗闇が続く。
俺の世界は、黒く塗りつぶされる。


「カカシ先生のいない世界なんて、もう俺には!!」

耐えられない。

耐えられない。

耐えられない!


俺の手はいつの間にかカカシ先生の細い首に回っていた掛かっていた。
白い首筋。
両手で掴むと指が余るほど細い首。
カカシ先生は瞬きもせず俺を見上げている。


「殺しちまいてえっ!」
そうだ、カカシ先生を殺して俺だけのものにしちまいてー。
指先に力がこもる。
カカシ先生は、静かな瞳のまま俺を見詰め続けている。

「俺だけのものにならねーんなら、殺しちまいてーってばよ!」
親指がギリギリと喉仏の辺りを圧迫する。

「なんで抵抗しないんだってばよ!」
「それでお前の気が済むなら、私はかまわないよ……」
馬鹿じゃねーの。
本当に馬鹿になちまったんじゃねーの。
苦しさにカカシ先生の頭が仰け反るように上がる。

「なんで……なん…で……どうしてだってばよ?!!」
「……さあな……俺にもわからない……だけど、今なら、お前に殺されてやるよ」
カカシ先生は苦しげに眼を閉じ、ぐぅっと声を漏らした。

カカシ先生を殺せば俺だけのものになるのか……
カカシ先生のいない世界で、俺はもう生きていけない。


このまま……
一気に絞め殺したら……
俺だけのものになるのか……


そして俺は解放されるのか……


この苦しみから!


「うぉーーーーーーーーーー!!!!」


カカシ先生の首を締めながら獣のような咆哮を上げた。









47.


嗚呼!!

駄目だ、出来ねー!


「………あっ、あっ、あっ、ああああああぁぁぁぁ…………」


咆哮が嗚咽に変わる。

手から力が抜けて行く。



俺の手が首から離れると、カカシ先生はひゅぅと鋭く息を吸って咳き込みだした。
身体をくの字に折って、息を吸いながらも激しく咳き込んでいる。
俺はその傍らに蹲った。
頭を抱え床に突っ伏し、嗚咽を上げ続けた。


出来ない!


俺にはカカシ先生を殺すことなんか出来ない。


こんなに……
こんなに愛しているのに。
誰よりも何よりも愛しているのに……

愛する人を自分の手に掛けることなんか出来ない。
そして、愛する人と別れる苦痛に、もう俺は耐えられないことを知っている。


カカシ先生、

カカシ先生、

カカシ先生、

俺は弱い、

俺は愚かだ。


俺に残されたものは、絶望だけだった。






「馬鹿……なんで一気にひねり殺さない」
どのくらいの時間が経っただろう。
打ちひしがれる俺の耳に、カカシ先生の小さな小さな声が届いた。

「終わりにしてしまえば良いものを……」
そうだ。
終わりにしてしまいたかったのに……

出来ない。
俺には出来ない!

カカシ先生を愛している。
カカシ先生だけを愛している。
欲しいものはカカシ先生だけなんだ!


「カカシ先生……カカシ先生……カカシ先生しかいらない……お……俺は……もうカカシ先生だけしか欲しくない……」
「馬鹿は馬鹿でも大馬鹿なのは知っていたが、お前は大馬鹿以上の馬鹿だよ。この苦しみを終わりにする折角のチャンスだったものを……」
「カ、カカシせ……ん…せい……?」
確かに俺は大馬鹿だ……
エロ仙人にもカカシ先生にも、大馬鹿だと言われて来た……
聞き覚えのある台詞と、聞き覚えのある口調に俺は耳を疑った。


「カカシ先生……?」
まさか……
ま……さ、か………
俺は、半信半疑でゆっくりと顔を上げて行った。
恐ろしいものでも垣間見るように、ゆっくりと視線を向けた。
カカシ先生は脱力したように仰向けに寝たままだった。


「これで何もかも片をつけられるのなら、お前に殺されても構わなかったのに……」
「カカシ…先生?」
何を言っているんだってばよ?

「お前の苦しみを終わらせられるのなら……俺の命なんて、くれてやったのに……」
なんだ?
カカシ先生は何を言ってる?

まさか……
まさか……
記憶が戻ったのか?
思い出したのか?


「カカシ先生、記憶が戻ったのか!」
俺は弾けるように起き上った。
上からカカシ先生の顔を覗き込む。
いつも通りに左目を閉じ、開けられている右目だけが、うつろに天井を見詰めていた。


「思い出したのか?記憶、戻ったのか?カカシ先生!」
俺はカカシ先生の身体を床から引き剥がす勢いで起こし、肩を掴んで揺さぶった。
「カカシ先生!俺のこと思い出したのか?自分のこと、わかるのか?いつ?いつ思い出したんだよ!!」
カカシ先生の力の抜け切った身体は、俺が揺するがままにがくがくと揺れる。









48.


「なんで殺さなかった」

カカシ先生は立て続けに問い掛ける俺には答えずに、反対に質問で返して来た。
俺はカカシ先生の身体を揺するのを止めた。

本当にカカシ先生なのか?
俺の知っているカカシ先生なのか?
肩を掴んだまま顔をじっと見詰めた。
カカシ先生なら、なんでそんなことを聞くんだよ!


「出来るわけねーだろ!俺はっ……俺は……」
俺にはカカシ先生を殺すことなんか出来なかった。
出来なかった……
また、一人になるとわかっていて……
苦しみが続くとわかっていて……

「カカシ先生を愛しているんだよ、俺は!それだけなんだ!もう、それだけなんだ!もうどうしていいかわかんねーくらい、それだけなんだ!」
「折角、覚悟を決めたのに……お前の手に掛かって死ぬのも悪くないと思ったのに……」
「なんだよ、それ!カカシ先生、何を言っているんだよ!なんで……なんで!」
なんでそんなこと言うんだよ。
やるせない……
自分に対してなのかカカシ先生に対してなのか、わからない。
ただ、やり場のない怒りと悲しみに打ちのめされる。

殺されてもいいなんて思うくらいなら……
そんなこと思うくらいなら……


どうして!

どうしてだってばよ!!


胸の中に様々な思いが去来する。
様々感情が嵐のように渦巻く。
だが、もう爆発するような力さえ俺には残っていなかった。
出口を失った感情が、身体の中を荒れ狂うだけだった。



もう、どうしていいか、わからねー。


わからねー……



わからねー……



「もう、どうしていいかわからないよ……」



俺の心の声が、聞こえたのかと思った。
だが、それはカカシ先生の声だった。
俺ははっとしてカカシ先生を見た。

「折角、覚悟を決めたのに……もう、どうしていいかわからないよ……」
カカ先生はへたりと床に座ったまま呟き、放心したような表情で天を仰いだ。
閉じられた両の目の端から涙が溢れ出した。

目尻から溢れた涙は静かに頬を伝って流れて行く。



俺は、そのさまを呆けたようにただ眺めていた。
後から後から、涙は零れ落ちて行く。
カカシ先生は、声も立てずにただ静かに涙を零し続けていた。

子供の頃からずっと俺を見守り励まし続けて来てくれたカカシ先生が、俺の前で涙を流している。




泣くな、ナルト

でかい図体をして泣くな、ナルト

それでも俺が知っているうずまきナルトなの?

ナルト……

俺は信じているよ、ナルト……




いつだって俺のことを信じ続け愛し続けてくれたカカシ先生が、成す術も無くただ静かに泣いている。

五年前、勝手に別れを決めて、勝手に草になって、勝手に去って行っちまったカカシ先生が、俺の前で涙を零している。


あまりにも静かに涙を零し続けるカカシ先生の姿に、胸が締め付けられる……


胸が痛い……


痛い……


胸が痛くて、張り裂けそうだ!









49.


なんで!

どうして、そんなに悲しそうに泣く!


五年前、カカシ先生を失って突き落とされた地獄のような苦しみよりも、
カカシ先生を思い続けた砂を噛むような虚しい日々よりも、
行方不明になったカカシ先生を探し回っていた時の焦燥よりも、
ようやく探し当てたカカシ先生の凄惨な姿を目の当たりにした時の衝撃よりも、
何もかも忘れてしまったカカシ先生に対するやり場のない怒りより、
カカシ先生を絞め殺そうと首に手を掛けた時の痛みよりも、
殺せなかった絶望よりも、

もっともっと、胸が痛ぇ……


心が痛ぇ……




「泣くなっ!カカシ先生、泣かないでくれってばよ!」
俺は思わずカカシ先生の身体を掻っ攫い胸に抱きしめた。
銀色の頭を掴み、俺の胸に強く押し付ける。


そんなに悲しそうに泣かないでくれ。
一人で泣かないでくれ。

俺はカカシ先生をこんな風に一人で泣かせるために、あの時、別れたんじゃない。
カカシ先生を苦しませるために、手を離したんじゃない。
カカシ先生を一生苦しませ続けるのが辛くて、俺はカカシ先生を追いかけなかったんだ……

なぜ、こんなに愛し合っているのに、一緒にいられないんだろう……
なぜ、カカシ先生は俺とい続けることで不幸になるんだろう……

なぜ、抱き合っているだけでは、胸の痛みは治まらないのか……
なぜ、こうして抱きしめ合っているだけでは、悲しみは埋められないのか……

なぜ、なぜ、なぜ!




俺に抱きこまれたまま、カカシ先生は声も出さずに泣き続けている。
まだ完全に以前の体格には戻り切らぬ痩せた肩が小刻みに震え続けている。

こんなに静かに……
こんなに切なく……
カカシ先生は一人で涙を流す人だったのか……


「泣かないでくれ……泣かないでくれってばよ……」
俺の腕の中にすっぽりと収まるカカシ先生の身体を、俺は抱き締め続けた。


なんで泣くんだってばよ。
俺を置いて行った癖に……
俺を置いて……

そして、また俺を置いて逝くつもりだったのか!

どうしてだよ!
なんで殺されてもいいなんて言うんだよ!
記憶、戻ったんだろう?
俺のこと、わかるんだろう?

それなのに、ひでー……
ひでーってばよ……
カカシ先生、ひでーってばよ!



「ひでーよ……カカシ先生……ひでーってばよ……俺に殺されてもいいなんて、なんでそんな酷いこと言うんだよ……」
カカシ先生を抱えながら、俺の目からも滂沱のように涙が溢れ出て来た。
「記憶のない間のことは忘れちまったのか?俺の側にずっといてくれるって誓ってくれたのは、嘘だったのか?」

いったいいつから記憶が戻っていたのだろう?
サクラちゃんがぶち破ったドアから、サクラちゃんとヤマト隊長と共に出て行かなかったのは、なぜだ?
自分の意志だと言ったのは、誰だ?
既に記憶の戻っていたカカシ先生だったのか?
だったら、なぜ!


「自分の意志でここに残ったと言ってくれたのは、カカシ先生じゃないのか!」
俺はカカシ先生の身体をきつく抱き締めながら、赤ん坊がむずがるように揺さぶった。
「カカシ先生!カカシ先生!カカシ先生なんだろう?」
カカシ先生だと言ってくれ。
俺の知っている五年前のカカシ先生だと言ってくれ!


「なあ、記憶、戻ったんだろう?また木ノ葉から……俺から……逃げて行くつもりだったんだろう?だったら、俺に殺されてもいいなんて言うなよ!!」
俺から逃げて行くんだろう?
俺の手に掛かって死にたいなんて嘘だと言ってくれ!
そんなこと言うのは、俺のカカシ先生じゃないってばよ!

カカシ先生、
カカシ先生、カカシ先生!!
泣かないでくれ!
泣かないでくれってばよ!






「俺は……」
胸の中から、カカシ先生の掠れた小さな声がぽつりと聞こえて来た。

「俺は、お前に恨まれているのだろうと……思った……お前に憎まれているのだろうと……」
「……カ、カカシ先生?」
「それでも……もし記憶が戻らなければ……このまま……」
何を言っているんだ?

「……記憶が戻らなければいい……と……」

カカシ先生の突然の告白に俺は息を飲んだ。









50.


「な、何を言っているんだよ?!いつから思い出したんだってばよ!記憶が戻ったなら、さっさと出て行けば良かっただろう!」
記憶が戻らなければ良かった……だって?
俺に滅茶苦茶にされた癖に、何を言っているんだよ。
俺を恨んでいたのも憎んでいたのも、カカシ先生じゃないのか?




「俺は……草となって旅を続けていた五年間……一日としてお前を思い出さない日は無かった……」
カカシ先生は俺の胸に顔を埋めたままゆっくりと話し始めた。
俺は半ば呆然としながらカカシ先生の言葉に耳を傾けた。

「太陽を見てはお前を思い出し、寝床について夜空を見上げては思い出した……元気にやっているだろうか。立派に火影として里を守っているだろか……と、お前の顔ばかりが瞼に浮かんで……参ったよ……」
疲れ切った力のない声だった。

俺だって一日だってカカシ先生のことを思い出さない日は無かった。
朝起きれば、カカシ先生の顔が浮かび、声が聞こえ……
振り払っても振り払ってもカカシ先生の事が思い出され……
俺は気が狂いそうだった!



「またラーメンばかり食べているんじゃないだろうか……仲間と上手くやっているだろうか……変わらぬ笑顔で幸せな毎日を過ごしているだろうか……そんな風に考える頭の隅で……俺は、お前もこんなに寒い思いをしているのだろうかと……思ったりもした。こんなに身体も心も寒いのは、俺だけだろうかと思いもした……」

カカシ先生のいない日々は空恐ろしいほど寒かった……
胸にぽっかりと空いた穴は、月日は埋めてくれなかった……
埋まるどろこか穴はぐずぐずと崩れて更に大きく崩壊して行くばかりだった……
凍てつくような風が、その穴の中を絶え間なく吹き荒れて行くばかりだった……
俺は寒くて寒くてたまらなかった!



「死を覚悟したあの時も……お前の顔しか浮かんでこなくて……自分でも笑えたよ……」
どこか他人事のような口調でカカシ先生は話し続ける。
「あ、あの時って……」
「シキミ隠れの落ち忍と殺り合って毒を食らった時だ……」
「やっぱり、東の国の隠れ里を潰したのはカカシ先生だったのか?」
「そうだよ。落ち忍を装って隠れ里に潜入し反乱分子を上手く煽って里の機能を壊滅状態にさせた。最後に残った元シキミ隠れの忍を殺ったはいいが、俺の方も猛毒にやられて死を覚悟した」
やはりサクラちゃんの予想通りのシキミ隠れの猛毒遣いだったんだ。
あの毒にやられて生きていた方が奇跡だとサクラちゃんは言っていた。
生きていてくれて……良かった……

「万華鏡写輪眼で相手を異空間に飛ばしたが、俺の方も既にチャクラ切れで激流に投げ出された。写輪眼を処理する力も残っていなかった俺は、そんな時のために己に掛けていた術を解放した」
「それで写輪眼を封印したのか?それで記憶が無くなっちまったのか?チャクラも?」
「封印と言うよりも全てを白紙にするような術と言った方が近いな」
「白紙?」
「全ての記憶と共に人格を破壊するような術だったんだがな……」
飛んだのは記憶とチャクラだけだったか……とカカシ先生は自嘲気味に付け足した。

人格を破壊するって……それって己を廃人にするってことだろう。
機密を漏らさぬために隠密部隊に使われることもあった術だと聞いたことがあるが、今では禁術のはずだった。
確かに写輪眼は悪用されかねないが……
いつだってカカシ先生の覚悟には驚かされるばかりだった。


「俺は術を解放し激流に身を任せた。そして薄れゆく意識の中で……脳裏に浮かんで来たのはお前の顔ばかりだった」
カカシ先生の掠れた呟き声はまるで夢見心地のように儚く聞こえる。
「お前にもう一度、会いたかった……と……」
「…………」
俺は固唾を飲んでカカシ先生の言葉に聞き入っていたが、それは胸が重くなるような告白だった。

「そして、もし生まれ変わることがあるのなら、もう一度、お前に巡り合いたいと……俺は思った……」
まるで実現することなんて信じていないような、おとぎ話か夢物語のようにカカシ先生は語る。

生まれ変わったら、また会いたいだって?
嬉しいと思うよりも悲しみが先に立った。

そんなのは、何の保障も確証もない妄想じゃないか。
夢に過ぎない戯言じゃないか。
生まれ変わりなんて信じていない癖に……
何も……
何も、信じていない癖に……


儚い望みだ。
儚い夢だ。
そんな夢しか見ることが出来ないなんて……


悲し過ぎる……





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