オトナルカカ   シリアス








When I get you alone













26.


翌日の朝には、なんとシカマルがわざわざ俺を迎えに来て、俺は影分身する暇も無く部屋から引き摺り出され火影室に連行されてしまった。

「なんでわざわざシカマルが来るんだよ!」
「俺だって、めんどくせーけど、サクラに頼まれたんだから仕方ねーだろ。まあ、俺もお前が四六時中カカシ先生にべったりくっついてるのはどうかと思っていたからな」
「………なんでだってばよ。なんでそんなサクラちゃんもシカマルも意地悪するんだってばよ」
「意地悪ってお前は子供か!ほら、今日のお仕事だ!」
火影の椅子に座ると同時に、机の上に書類の束がどさどさっと置かれた。

「な、なあ……昼には一度戻ってもいいか?」
「これが終わればな」
更に書類が重ねられる。
「お前が一ヵ月留守にしていた間の分もまだ消化しきれてねー。それに戻って来てからも、お前、気もそぞろで、ちっとも捗らなかったからな。キリキリ働いて貰うぞ」
「……………」
返す言葉も無く、俺は書類と奮闘し始めたが、昼食時にも戻ることは出来なかった。
俺の仕事に定時なんてあって無きが如しだった。

ようやくカカシ先生の部屋に顔を出すことが出来たのは、夜も随分更けた頃だった。



「カカシさん、ただいまー」
俺は一応、ノックをして声を出しながら部屋の中に入った。
ここは自分の部屋の自分の寝室だったけれど、ただいまーなんて言って帰るのも悪くない。
今までだって、本体と入れ替わっていたけれど、影分身の経験値が積まれるのとはまた違って、直接待っていてくれる人がいる部屋に帰ると言う経験は久しぶりだった。

「お帰り、ナルト君。お疲れ様でした」
ベッドに座って何か見ていたカカシ先生は、顔を上げると、にっこりと笑って俺を出迎えてくれた。
なんか、すげー懐かしい。
記憶のないカカシ先生だけど、なんか、なんか、こう言うのもいいってばよ。


「カカシさん、何、見ていたんだ?」
俺はいそいそとベッド脇に置かれている椅子に座った。
「ああ、これ、テンゾウが持って来てくれたアルバムだよ」
「テンゾウ!?」
俺はびっくりして大声を出しちまった。
俺の声に驚いてカカシ先生の右目が大きく広がる。

「カカシさん、ヤマト隊長のこと覚えていたのか?それとも思い出したのか!」
「ちょっ、ちょっと痛いよ、ナルト君」
俺は思わずカカシ先生の薄い肩を掴んでがくがくと身体が揺れるほど揺すぶってしまった。
「わ、悪い。だけど、ヤマト隊長のことだけ覚えていたのか?!」
すげー恨みがましい声が出た。

「いや、覚えてはいなかったけれど……」
「だったら、なんで、なんで、ヤマト隊長だけテンゾウなんだってばよ!」
確かにカカシ先生は、ヤマト隊長の事をテンゾウと呼んでいた。
ヤマト隊長がカカシ班の代理の隊長になった最初の頃、ヤマト隊長はカカシ先生に「今はヤマトでお願いします」って、何度もお願いしているのを聞いたことがある。
それでも、テンゾウと呼び続けるカカシ先生も、迷惑そうにしながらも、結局は受け入れてしまっていたヤマト隊長もなんだか楽しそうで、俺には入り込めない二人の共通の過去、先輩後輩の絆みたいなものが感じられていた。


「だって、私は彼のことをテンゾウって呼んでいたんでしょう?そう本人に言われたから」
「だ、だけど俺だって、ナルトって呼び捨てにしてくれって言ったのに、呼んでくれなかったじゃないか。それなのになんでヤマト隊長ばっか!」
「なんでも彼は私の後輩だったって言うし。ほら、なんだか年齢的にも呼び捨てにしやすかったから……何か拙かったかな?」
カカシ先生は困ったような曖昧な笑みを浮かべて首を傾げる。
「拙くはねーけど……」
拙くはないけど、なんか釈然としないってばよ。

「だったら、だったらさ!俺なんて、カカシさんの生徒だったんだから、もうナルトでいいだろ!」
「いや、だから、それは今の身分が違い過ぎるような気がしてね?」
「み、身分ってなんだよ!カカシ先生はそんなこと言わなかったぞ!俺が九尾のガキだって知ってても、最初から、ちっとも区別も差別もしなかったぞ!サクラちゃんやサスケと全く同じように接してくれて、俺、それがすげー嬉しかったんだってばよ。本気で叱ってくれて、本気で呆れてくれて、本気で心配してくれて、野菜も食えって、野菜まで差し入れしてくれて!それからっ、それからっ!」
俺は一人で興奮して、カカシ先生を責めるように喋りまくってしまった。

カカシ先生はと言えば、少し悲しそうな顔になって、
「ごめんね」
と一言呟いた。
思い出せなくてごめんなのか、呼び捨てには出来なくてごめんなのか、何がごめんなのかわからないけれど、カカシ先生が俺に謝ることなんか何もない。

「俺の方こそ、ごめんってばよ……」
俺は何を八つ当たりしているんだ。
記憶を失っている人間に向かって……
何もかも忘れちまって思い出せないカカシ先生の方が、不安な毎日を送っていると言うのに……









27.


「ヤマト隊長はどんな写真を持って来てくれたんだってば?」
俺は気まずい空気を取り繕うように、カカシ先生の見ていたアルバムに話を反らした。
「これ、暗部のマル秘アルバムなんだって」
マル秘アルバムだって?
マル秘って言うのは秘密って言う意味じゃねーの?
しかも暗部の写真なんて言ったら極秘扱いだろ?
だが驚いて覗き込んだアルバムには、脱力するような写真が並んでいた。

「こ、これなんだってばよ……」
「歴代暗部の宴会写真らしいよ」
それは確かに酒盛り中に撮ったと言うことが一目瞭然のスナップ写真だった。
だけどそこに映っているのは、様々な動物の面をつけたお馴染みの暗部の面々だった。
場所は暗部控室だ。
全員集合できちんと並んでいる写真もあったが、殆どは何をやっているんだかわからないようなどんちゃん騒ぎや、良くある罰ゲームの風景とおぼしき写真だった。
体育会系集団の凄まじいノリが感じられる。
そして……それらは全て面をつけたままの暗部なのだった。


「これ、おかしいよねぇ。面をつけている意味あるの?」
面をずらして一升瓶をラッパ飲みしている者なんかもいる。
かろうじて顔はわからない角度で撮られている。

「ほら、これ、これが私らしいんだよね。で、こっちがテンゾウだって」
狐の面の男が仁王立ちになった前で、猫の面を被った男がなぜか四つん這いになっている写真だった。
狐面の頭は銀色で、体型は今みたいにがりがりに痩せていると言うよりも、線が細い感じだったが、どこからどうみてもカカシ先生の若い頃だとわかった。
猫の面の方も、カカシ先生よりも更に若い少年のような雰囲気をしていたが、面を被っていてさえやっぱりヤマト隊長の面影みたいなものがあった。
と言うよりも、これってば素顔に近い面じゃねーの?

「暗部って、火影直属の凄い精鋭集団だって聞いたけれど、お面をかぶっていても、知っている人が見たらすぐにわかるよねぇ。私なんて髪の色で一目瞭然だし、声とか体型とかでバレバレだよね?」
面白いねぇ、とカカシ先生は他人事のように笑っている。
「でも面をつける意味はあるってカカシ先生が言っていたことがある。面をつけると意識が変わるんだって。そう言う表層の変装みたいなのは大事だって言ってたってばよ」
いつだったか、暗部時代の話が出た折りに、仮装は武装だよとかなんとかカカシ先生が言っていたことがある。
その時の俺にはピンと来なかったが、段々とそう言うのもわかるようになった来た気がする。

「ああ、なるほどねぇ……」
感慨深そうに頷きながら、カカシ先生はパラリとページをめくったが、次のページもそのまた次も、延々と暗部の宴会と宴会中のおふざけ写真ばかりだった。
面だけをして全裸。
お盆で股間を隠した裸踊りなんて写真もあるぞ。

「これがマル秘って言うのもおかしいね」
なんてまたカカシ先生は笑うけど、おかしくなんかねーよ。
これは絶対にマル秘だろ。
暗部のこんな姿、絶対に門外不出だろ!
俺の心の中で、ちょっと暗部に対する見方が変わった瞬間だった。
しかし、よくもまあ、ヤマト隊長もこんなアルバムも持って来たもんだってばよ……


「この頃、私とテンゾウはバディだったんだってね。で、私に凄くお世話になりましたって、なんかそんな風に言われても困っちゃうし、照れちゃうよねぇ」
写真を見ながら、カカシ先生はヤマト隊長から聞いた話を俺にも話してくれた。
俺の知らない暗部時代のカカシ先生の写真を、それを覚えていないカカシ先生と見るのは不思議な気持ちだった。

カカシ先生は、俺の知らない暗部時代のことから思い出すのだろうか。
それとも、もっともっと小さな頃、子供の頃のことから思い出したりするのだろうか。
それとも……
俺と離れていた五年間だけを思い出したりすることもあるのだろうか……


カカシ先生、なんでもいから早く思い出してくれ……









28.


「な、カカシさん、こっちの写真は?こっちの写真見ても、まだ何にも思いださねー?」
俺はベッドサイドに置いてある写真立てを手にとって、カカシ先生に見せた。
ずっとずっとこの写真は、ここに飾ってある。
サスケとサクラちゃんと俺とカカシ先生。
第七班の一番最初の写真だった。
この写真のことも、第七班のことも、もう何度も何度も説明している。

「サクラさんもナルト君もちっとも変わらないよね、面影が残ってる。それにしても私の姿、何度見てもあやしいねぇ」
「カカシ先生ってば、覆面忍者だったってばよ。俺たちカカシ先生の素顔が見たくて見たくて色んなことをしたってばよ」
俺は毎晩、毎晩、繰り返し繰り返し、俺たちのこと、第七班のことを喋りまくった。
初めて会った時のこと、この写真を撮った時のこと、初めての任務から、迷子の猫探しや、色んな任務を経てザブザと戦った話、カカシ先生が修業を付けてくれた話、いつもカカシ先生ってば遅刻ばっかして来たって話など、俺の知るカカシ先生の過去は話しても話しても話しつきなかった。

だけど俺の知らないカカシ先生の過去も沢山あったわけで、カカシ先生はリハビリを続けながら、サクラちゃんが連れて来る色んな人に会うことになった。
そして夜、俺が戻って来ると一緒に夕飯を食べながら、その日のことを話して聞かせてくれるのが日課になっていた。



ある日はサイが来て鳥獣戯画を披露してくれたらしくって、物凄く驚いてその興奮のままに俺に伝えてくれた。
またある日は、シカマルがいのやチョウジを連れて来てくれて、一緒に暁を倒した話やアスマ先生の話なんかをしてくれたらしい。
またその次の日には、シカマルのおっちゃんと、いののおっちゃんと、チョウジのおっちゃんが来てくれて、親子みんなそっくりだったと驚いた話しをしてくれた。

「今日は、木ノ葉の気高き碧い猛獣が来てくれたよ」なんて言われた日には、吹き出さずにはいられなかった。
「ゲキマユ先生ってば、相変わらず、こゆくって暑苦しかったろう。我が永遠のライバルよーーーって、号泣しなかったか?」
「そうそう、ナルト君そっくりだよ。確かに濃い人だね。でも凄く私のこと心配してくれて、なんだか自分のことなのに貰い泣きしそうになってしまって参ったよ」
見ていなくてもゲキマユ先生のリアクションは目に浮かぶ。
いい人なんだけどなぁ……濃いんだよなぁ……

「だけどゲキマユ先生ぱっかじゃないってばよ。みんなみんな木ノ葉の奴らはみんなカカシ先生が好きだったんだ。みんなみんな心配しているってばよ」
そう言うと、やっぱりカカシ先生は困ったような照れくさそうな顔で笑うのだった。

体力もかなり回復してきたが、記憶もチャクラも一向に戻って来る気配はなかった。
このまま、どちらも戻らなかったら……
一生、記憶が戻らなかったら……俺はどうしたらいいんだろう……


俺はカカシ先生に言っていないことがある。
俺以外の誰も、カカシ先生に伝えられないことがある。
俺とカカシ先生しか知らないことがある。

俺たちの関係。
五年前に終わってしまったけれど、確かに俺とカカシ先生の間にだけあった二人の繋がり。
俺はカカシ先生に全てを話すべきなのか……
それとも俺たちが特別な関係だったと言うことは、カカシ先生が思い出さない限り、俺だけの秘密になってしまうのだろうか……




二ヵ月も経つ頃には、日常生活を送るには全く問題は無くなって来た。
カカシ先生は昔同様、記憶力も良く、一度聞いたことも説明されたことも、すぐに飲み込み記憶して行った。
見舞いに来た相手の顔も、説明された間柄も一度で覚えた。
そう、カカシ先生は、まるで教科書を暗記するように自分の過去を記憶して行った。
チャクラは使えず、忍術も思い出さなかったが、カカシ先生は自分が木ノ葉の上忍だったと言うことを、受け入れているようだった。

だけどチャクラも無く忍術も全く使えないカカシ先生に、一人で外を歩かせるわけにはいかなかった。
今だってビンゴブックに載っている忍者なんだ。
いつどこで首を狙われるかわかったものじゃない。
木ノ葉の里の中にいたって全く危険が無いわけではない。
だから、この火影の塔から絶対に一人で出てはいけないと言い含めていた。

それなのに……



「今日は、あの火影岩のてっぺんから木ノ葉を見て来たよ」
「えっ?カカシさん、外に出たのか?!」
いつものように二人で遅い夕食を囲んでいる時だった。
俺はびっくりして、口に放り込もうと思っていた煮物を落としてしまった。
この煮物はカカシ先生が作ってくれたものだった。
最近では俺が買い出しに行ったりサクラちゃんが差し入れしてくれた食材で、カカシ先生が食事を作ってくれるようになっていた。

この食事の味付けが、昔のカカシ先生の味付けと全く同じで、俺は食べる度に嬉しいような悲しいような、また切ないような気持ちになった。
それはともかく、どうして勝手に外になんか出たんだよ!









29.


「テンゾウが連れて行ってくれてね」
「ヤマト隊長が?」
カカシ先生は、あれからずっとヤマト隊長のことだけはテンゾウと呼んでいた。
「サクラさんも、ヤマト隊長となら安心だって許可してくれたんだけど拙かったかな?」
俺の声がよっぽど険しかったのだろう。
カカシ先生は、俺の顔色を伺うような小声で尋ねて来た。

ヤマト隊長と一緒なら、安心なのはわかる。
ヤマト隊長の実力は良く知っている。
抜かりのない人だし、安全に連れて行ってくれたのだろうとは思う。
だけど……

「なんで、ヤマト隊長と行くんだよ。外に行きたきゃ俺が連れて行ったのに」
「ごめんね……突然、外に行ってみませんかって誘われたものだから……ナルト君に黙って出掛けたのは悪かったね」
恨みがましい俺に、やっぱりカカシ先生はすまなさそうに謝るのだった。

そうだ、俺だってカカシ先生に外の空気を吸わせてやりたいとは思っていた。
思っていたのに!
忙しくて忙しくて、こうして遅い夕食時に戻って来られるのがやっとだった。
ヤマト隊長も忙しい合間を縫って、ちょくちょくカカシ先生に会いに来ているようだった。


「外はどうだった?何か少しでも思い出せそうだったってば?」
「うーん……絶景だったねぇ……なんとなく、本当になんとなくだけど懐かしいような気がしたよ」
「それって見覚えがあったって言うことかな?」
「見覚えと言うか、本当になんとなくなんだけどね。ほら、いつか夢で見たような風景みたいな感じがしたって言うか……」
「そっか……」
だったら少しずつ外の景色を見せたら思い出して行くのかも知れない。
俺も時間を作って、あっちこっち連れて行ってやらなければ!
俺たちの思い出の場所に!


「あの瞬身の術って言うのも凄いね。誰にも気付かれないであっという間に移動しちゃうんだねぇ。ほんと忍者って言うのは驚くことばかりだねぇ」
「ヤマト隊長は瞬身で移動してくれたんだ」
「私もあの暗部のお面をつけて貰って、マントをすっぽりかぶって出掛けたから、誰にも見咎められる心配も無かったよ」
「そっか……」
やっぱりヤマト隊長は抜かりないってばよ。

その後も、外に出たのがよっぽど楽しかったのか、カカシ先生は珍しくいつも以上に饒舌だった。
テンゾウが、テンゾウが……とカカシ先生の口からヤマト隊長の名前が出る度に俺は言い知れぬいらつきを感じた。


「カカシさん、今度は俺が飛雷神の術で、どこでも好きな所に連れて行ってやるってばよ」
「でもナルト君は忙しいでしょ。忙しい火影様に、こんなにずっと世話になっていて申し訳ないと思っているんだよね……」
「申し訳ないってなんだよ!」
俺は声を荒げ、茶碗と箸を投げつけるように置いてしまった。
いきなり激昂した俺にカカシ先生はポカンとしている。

「ごめん……カカシさんは俺の大事な先生だったんだから、申し訳ないとか思わないでくれ。記憶が戻るまで俺が面倒を見させてもらうから、安心してここに居てくれってばよ」
俺はいきなり大きな声を出したことを謝って、なんとなく気まずいまま食事を終えた。



それから俺は無理矢理時間を作って、カカシ先生を色んな場所に連れて行った。
七班がスタートした演習場、任務の待ち合わせの度にカカシ先生が遅れて来た橋の上、カカシ先生が毎朝のように佇んでいた慰霊碑、そして二人で歩いた小路、二人で暮らした家の前……
カカシ先生は、時折り、見たような気がするとか、懐かしいような感じがするとか感想を漏らしたが、本当に記憶にあるのか、記憶が戻りつつあるのかはわからなかった。

勿論、人のいない時間を狙って飛雷神の術で飛んだ。
カカシ先生は飛雷神の術にも凄く驚いてくれた。
俺はこの術が使えるようになった姿をカカシ先生に見てもらいたいと願っていた。

その願いは……
まだ叶ったとは言えない……


俺の願いは、いつ叶うのだろうか……









30.


「ね、ナルト。カカシ先生を一度ネジさんに見て貰ったらどうかしら。白眼で点穴を見て貰ったら何かわかるんじゃないかと思うのよ」
ある日、サクラちゃんがそう勧めて来た。
ネジは今、実質日向の家を継いだような形になっており、かなり忙しい身の上だったから、まだカカシ先生に会わせるために呼んだことはなかった。
点穴を見切りチャクラの流れを分断するネジならば、その反対も可能なのだろうか。

「ネジに見て貰えばチャクラが戻るのか?」
サクラちゃんは軽く首を横に振った。
「チャクラは感じられないわ……。だから、どうしてチャクラが感じられないのか、それだけでも分かればと思うのよ」
「だったら、ネジに見て貰っても無駄じゃないかってば?」
「無駄かどうかはわからないでしょう。少しは進展するんじゃないかと思うのよ。チャクラが戻るヒントでも得られれば……」

「チャクラが戻った方がいいのかな……」
俺がぼそりと呟くて、サクラちゃんは不思議そうな顔をした。
「だって、おかしいでしょう?普通じゃ考えられないことよ?何か記憶喪失にも関係しているんじゃないかと思うのよ」
「それって、やっぱチャクラが戻れば記憶も戻るってことか?それともチャクラだけでも戻れば、術が使えるようになるってことか?」
「それはわからないわ」
カカシ先生の状態を話し合う度に俺に質問攻めに合うサクラちゃんは、またやるせなさそうに首を振った。

「チャクラが戻っても、記憶が無いんだから、第一、印も覚えていないでしょう?チャクラの練り方だって……」
「印を覚え直して、チャクラを練る練習を一から始めて、また元通りの上忍のカカシ先生に戻れるのか?」
「そう一気には無理よ。ともかく記憶でもチャクラでも戻すために、出来ることがあれば試してみましょうって話をしているのよ」
サクラちゃんは難しい顔をして、今度は深い溜め息をついた。

「俺は……」
「俺は何よ?意見があるならはっきり言いなさいよ」
俺は……
何を考えている?
今、何を言おうとした?
俺はカカシ先生のチャクラが戻らなければいいと思っている……と口にしようとしていたんじゃないか?
だが、流石にサクラちゃんに向かって、そんなこと言えるわけはなかった。
俺は、自分自身にも言い訳をし、サクラちゃんには誤魔化すように、違うことを口にした。

「俺はネジに見て貰っても無駄な気がする。もう少し里の中の色んなところを見せて、記憶が戻るのを待った方がいいんじゃないかな。そして記憶が戻ってから、チャクラに関してはカカシ先生の意見を聞いたらいいと思う」
「そうね……。ナルトがそう言うなら、もう少し様子を見ましょう」
サクラちゃんは、ネジが点穴を突いてもチャクラが戻る可能性は低いと踏んでいたんだろう。
あっさりと俺の意見を受け入れてくれた。
俺はなんとなくホッとした。



俺は、カカシ先生がこのままでいてくれた方がいいと思っているのか?
違う。
俺はカカシ先生の記憶が戻らなければいいと思っているわけじゃない。

ただ……
チャクラが戻ってまた忍術が使えるようになり、忍びとして復帰するのが幸せなのだろうかと考えていた。

そうだ。
記憶が戻らなくても、ずっと俺の側にいればいい。
俺はカカシ先生と離れていたあの五年間、カカシ先生がどこかで元気でいてくれさえすればいいと思っていた。
そして行方不明になったと知った時、本当にただ生きていてくれさえすればいいと願った。

記憶が戻らなくても、カカシ先生がいてくれればいい。
俺の側に、いつまでも……








第三部 完



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