カカシさん、テンゾウに片想い!








君よ知るや





12.    13.    14.










12.


返答に詰まる俺をイネコの瞳がじっと見つめていた。
そして、
「信じてください」
と呟いた後、白い煙がぼふんと上がり、俺の目の前にいたイネコの姿が一瞬でテンゾウの姿に変わった。
どこからどう見てもテンゾウだった。
隠していたチャクラもテンゾウの物に戻っている。

「イネコさん」
と、テンゾウは、目の前にいる俺にそう呼び掛けて来た。
テンゾウの姿で、テンゾウの声で、俺のことを「イネコ」と呼んだ。
勿論、俺はイネコに変化なんかしていない。
この部屋の中には、男のはたけカカシと、変化を解き元の姿に戻ったテンゾウの二人だけだ。
それなのに、男の姿の俺に向かってテンゾウは「イネコ」と呼び掛けるのだ。

驚いたふりをして、しらを切れ!
目を見開き、驚愕の表情を作れ!
なんで、いきなりイネコがテンゾウの姿になったのか、全くわけがわからないと言った顔をするんだ!
何度か瞬きでもして、『お前、本当にテンゾウなの?』って、とぼけた口調で聞けばいい。
そして、『惚気だったの?冗談もたいがいにしなさいよね』って、笑い飛ばせばいい。
それなのに、声が出ない。
俺の顔は強張り、失語症にでも陥ってしまったように一言も発することが出来なかった。
声さえ出れば、テンゾウを丸めこむのなんて、お茶の子さいさいなのに。
いつものように誤魔化せばいいのに……


「これがイネコさんの本当の姿ですか?」
テンゾウは俺の目を真っ直ぐに見詰めて尋ねて来る。
「イネコさんはカカシ先輩ですよね?」
テンゾウは既に確信を持ち、ただ確認するためだげ尋ねているようだった。

ち、違う……
何、馬鹿なこと言ってんの?……
喉まで出かかっているのに……
干乾びたように喉が張り付いて声が出ない。
否定しなければならないのに……

テンゾウのまん丸い目が、俺の心の奥を見透かすように見詰めている。
悲しみを帯びたような瞳が俺を射抜いている。
俺は、まるでテンゾウの視線に断罪される悪人さながらだった。
俺はたまらずテンゾウから視線を外したが、テンゾウの視線は全身に痛いほどひしひしと伝わって来ていた。
何も返答しないことが答えになるだろうか。
それとも黙秘し続ければ、事態はうやむやに出来るだろうか。
そんな埒もないことを考える俺に、テンゾウはやけに静かに語り出した。



「先輩は完璧すぎました」
穏やかと言っていいほどの声だった。
それだけ呆れていると言うことだろうか。
根深く怒っていると言うことだろうか。

「ボクはイネコさんが去った後、すぐに彼女のアパートに行きました。だけどその晩、彼女は戻ってこなかった。翌日、ボクは已むなく任務に行き、再び夜アパートを訪ねると、そこはもぬけの殻だった。ボクは慌てて不動産屋に駆け込んだ。ようやく聞き出した不動産屋の話しも曖昧模糊としていて、結局、借り手は誰だかわからなかった。イネコさんが通っていた建築学校にも行ったが、さとやまイネコなんて学生は在籍すらしていなかった」
テンゾウは小さく息をついた。
不動産屋からは絶対に足はつかない。
建築学校に確認されるまでは付き合う気もなかったから、学校関係は口から出まかせだたった。


「まるで狐につままれたようでしたよ。信じ難いことだったけれど、イネコさんはやはりどこかの隠れ里のくの一で、ボクに近づくことだけが目的だったのかと思わざるを得なかった」
唯一人、木遁忍術の遺伝子を持つ男の苦渋に満ちた声だった。

「だけど、ボクは諦めきれずに、アパートの住人にも聞き込みをしました。住人はみな口をそろえて、『あの部屋には、最近、若い女が越して来たようだが、またいつの間にか引っ越してしまった。付き合いはないからよくはわからない』と異口同音に語った。ボクは以前、彼女をアパートに送って行った時に、彼女が住人と廊下で親しげに挨拶を交わす姿を目撃しています。それなのに、みな彼女のことは、はっきりとは覚えていないと言う」
アパートに入居する時に、俺は住人に春から住んでいる学生で親しみやすい女と言う暗示を掛け、退去する時に、その暗示を解いていた。

「誰の記憶も不思議なほどおぼろげなんです。ボクは矢も盾もたまらず、近所の商店街にも聞き込みに回りました。 良く行った喫茶店、何度か買いに行った甘栗屋、ボクの事は覚えているようなのに、一緒に居たイネコさんのことになると、途端にあやふやな記憶になる。不動産屋の保証人の偽造や、経歴詐称なんて、やろうと思えば誰にでも出来ることだ。だけど問題は、誰もイネコさんをはっきりと覚えていないことだった。まるで最初から、そんな人間など、どこにいもいなかったようだった。そんなことってありますか?」
テンゾウは誰に問うでもない疑問を口にした。

「これじゃあ、まるで幻術だ。ボクはイネコさんに出会った瞬間から幻術に掛けられていたんでしょうか?彼女は幻術使いだったのでしょうか。幻術に掛けられていたのはボクだったのか、それともボク以外の全てだったのか……」
テンゾウは一息ついた。

「例え他里の忍びだったとして、ボクに近づくために?騙すために?こんな大掛かりなことをしますか?いや、むしろ、こんなことが出来る人間は限られているんじゃないのか?かなりの高等忍術だ。幻術のエキスパートにしか出来ないでしょう。そう、まるで先輩の写輪眼でも駆使したかのような見事なだましっぷりですよね」
俺は思わず身体を強張らせた。
テンゾウの口から飛び出した写輪眼と言う言葉が突き刺さる。
針の筵にいる気分だ。

確かに写輪眼を使ったが、こうも簡単にばれては俺もたいしたことないじゃない。
自嘲が湧く。
だけど、やはりそれは推測にすぎないだろう。
俺がイネコだなんて飛躍し過ぎだろう?


お前、どんな頭してんのよ!








13.


「最初は、もしかしてカカシ先輩が何か知っているのではと考えました。もしかしてイネコさんとグルなのか。こうしてボクが先輩を尋ねて来たみたいにイネコさんがカカシ先輩を頼って来たのかと」
テンゾウは俺の心を読んだように続けた。

「ボクはイネコさんに随分、先輩の話をしましたからね。ボクと別れて姿をくらます相談をされたのかと考えました。でも、そんなことあるわけはないですよね。イネコさんが他里のくの一で、ボクの遺伝子が目的だったとしたら、先輩がイネコさんの失踪に手を貸すわけはない」
そりゃそうだ。
万が一、他所の忍びがテンゾウの遺伝子を狙って近づいて来たのなら、俺が容赦するわけはない。

「でも、ボクはこれだけの人数を幻術に掛け、こうもたやすく操作出来る人間を他に知らない。カカシ先輩以外、心当たりが無かった。だとしたら、この幻術のような一連の出来事は全てカカシ先輩が仕組んだことなのか?それこそ有り得ないと否定しながらも、一度、考え出したらその考えが頭から離れなくなってしまった」
ま、この里の中でも近隣でも、俺ほどの幻術使いはそうそういないだろうからね。
全く、俺は馬鹿だよ。
策士策に溺れるとはこのことか……
溜め息が出る。

「それでもカカシ先輩にそんなことをする理由も暇もないだろうと、ボクは自分の考えを何度も否定したんです。だけどイネコさんと過ごした日々を思い出し、イネコさんの言葉を繰り返し思い出し、ボクに何を伝えたかったのか考え続けながら、自分の言動や自分の身の回りのことなどを振り返って行くうちに、ふと、最近、先輩の態度がおかしかったことも思い出した。そうしたら気になって 気になって仕方無くなってしまったんです」
俺は、おかしな態度など見せた覚えはなかったのに、テンゾウはそう言う。

「ボクは、ともかくイネコさんの手掛かりを掴みたい一心でした。もしかして先輩が関与していたのかもしれない。そんな疑惑が捨てきれないなら、いっそ先輩のことを調べてみればすっきりするかもしれない。可能性を一つずつ潰して行けばいい。そんな藁を掴むような気持ちで、ボクは先輩の過去の任務日程を調べてみたんです」
俺はついに本当に溜め息をついてしまった。
全く、お前のしつこさ探究心の強さには呆れるよ。
俺は心の中で舌を巻きつつ半ば感心した。



「先輩の休みの日と、ボクとイネコさんとデートした日は、ほぼ重なっていた。これはどう言うことなのか? 先輩の休みとボクの休みがここまで重なる事なんて、今までは滅多にありませんでしたよね。この数ヶ月だけの偶然ですか?」
俺もお前も売れっ子忍者だからね。
普段は大忙しだ。
休みなんて有って無きが如しの生活だった。
だけど、休みが重なるなんてそんな事、そうだ、まだ偶然で済ませられる範疇だろ。

「まさかイネコさんと先輩が同一人物?あまりにバカバカしい妄想だ。自分でも絶対に有り得ないと思えました」
テンゾウも溜め息のような小さな息をついた。
「そう、先輩が任務に出ている日にも、ボクはイネコさんに会っている。だから先輩は関係ないと思いこもうとした。でもカカシ先輩の任務内容を良く見てみると……」
任務は極秘扱いなのに、こんなにやすやすと覗いて来れるなんて、木ノ葉の警備を少し考え直さなけりゃいけないじゃない。
テンゾウ、お前、俺ほどじゃないにしても出来過ぎでしょう。



「先輩はここ数ヶ月、アカデミーの低学年の子供向けの出張授業に定期的に駆り出されていましたね。印の初歩を教えるようなアカデミーの授業なんて、先輩なら寝ていても出来る。影分身を一体くらい出して置くことも朝飯前でしょう」
そうだ、その通りだった。
俺は、一学期に渡って低学年向けの特別授業とやらを頼まれていた。
普通だったら、断っていただろう。
なぜ引き受けたかって?
テンゾウが、里に居たからだよ。
テンゾウは里の復興を一手に引き受けていた。
復興任務優先と言う事で、ほぼ里内にいたから、俺はアカデミーの教師役を引き受けたんだ。

本当にお気楽な授業だった。
手を抜いていたわけじゃないけれど、危険はないし、チャクラの少ない俺でも影分身の一体くらい出して日常生活を送らせることは可能だった。
勿論、授業には本体を優先させたよ。
それに定期的に授業はあるものだから、アカデミー優先と言うわけで、俺の任務もおのずと限られて、他の日もハードな任務や夜を跨ぐような危険な任務は入らなかった。
普段よりはよっぽど暇で、予定が立てやすかった。
だからこれ幸いと、女に化けてテンゾウとデートをしてみるなんて言う馬鹿げたプランを実行に移してみたのだった。



「本当に最初は半信半疑でした。もしかしてイネコさん自体がカカシ先輩の幻術だったのか。 いや、イネコさんがカカシ先輩の変化だったのか?」
俺は居た堪れずに軽く右目を伏したままでいたが、テンゾウの視線が突き刺さって来る。
テンゾウはあの大きな瞳で俺を睨んでいるのだろう。

「イネコさんがカカシ先輩?どうして?なぜ?先輩がなぜこんなことを?悪ふざけだったのか?それとも悪戯などではなかったとしたら……イネコさんの言葉は全部先輩の言葉だったとしたら?カカシ先輩は……ボクに何をしたかったのか、何を言いたかったのか……ボクは悩み続けました。本当にイネコさんが先輩だったら……」
そこでテンゾウは口籠った。

イネコが俺だったとしたら、そりゃあショックだろう。
運命の女とまで思い込み惚れ込んでいた相手だ。
次に出て来るのは「気持ち悪い」とか「最低ですね」とか「ボクをからかうのはそんなに楽しかったですか」とかだろうか。
俺は最悪な言葉を頭の中で次々に思い浮かべた。
どんな言葉を投げつけられても仕方ない。

だけど否定も肯定もしなければ……
決定的な証拠はないはずだ。
このまま……
このまま、この場から消えてしまおうか……
情けなくも俺は心の中でそんな卑怯なことを考えていた。



「イネコさん」
テンゾウが不意にイネコの名前を呼んだ。
俺は思わず視線を上げてテンゾウと顔を合わせてしまった。

「イネコさんはカカシ先輩ですね」
確信に満ちた声だった。
俺は返す言葉もなくテンゾウの顔を見詰め続けていた。
テンゾウも俺をじっと見ている。

どのくらいの時が流れただろうか。
永遠のようにも思える沈黙が俺の心を押し潰す。
沈黙に溺れそうだった。
耐えきれずに俺は再び目を伏せた。
テンゾウの顔を見ていられない。
テンゾウの視線を跳ね返せない……



「すまない、テンゾウ」
長い長い沈黙の後、耐え切れずに俺の口から転がり出たのは謝罪の言葉だった。
俺はこれ以上、テンゾウの口から糾弾の聞きたくなくて、謝罪を口にしてしまった。

ああ、これでは、イネコだったと認めたも同然だ。
ああ、これで終わりだ……


俺は、もう誤魔化すことが出来なくなってしまっていた。
自分自身も、そしてテンゾウのこともだ。


すまない、テンゾウ……








14.


テンゾウは僅かに目を瞠った。
「謝って欲しいわけじゃないんです。理由を聞かせてください」
「………」
俺には返す言葉もない。
理由なんて聞いても無駄だろう。
気持ち悪いだけだろう。
男に好かれているなんて。

理由なんて聞いても理解できないだろう。
お前が好きだから……
好きだから、付き合ってみたかっただけだなんて。
ここは「好きになってゴメン」と謝る所だろうか。

「悪ふざけが過ぎた。悪かったテンゾウ」
男のお前を愛してしまった滑稽な男だ。
報われることのない思いを抱いた哀れな男だ。
そして身勝手な男だ。
俺の身勝手がお前を傷つけた。



「ボクの想像した通りの理由でいいですか?」
お前は何を想像したんだ。
悪質な悪戯だと思って、俺に怒りをぶつければいい。

「イネコさんの言葉は全てカカシ先輩の言葉だと受け取ってもいいですか」
俺は緩く首を横に振った。
だから、あれは全てお前をからかってやろうとした演技なんだ。
イネコはもういない。

「イネコさんの言いたかった事をボクなりに解釈した、その解釈であっていますか?」
猿芝居は終わったんだ。
ここにいるのはお前を傷つけた男だ。

「イネコさんがカカシ先輩だと考えたら、物凄く納得したんです」
「俺とイネコは似ても似つかなかっただろう……」
弱弱しく答える声は情けなく震えている。

「ええ、カカシ先輩の変化も演技も完璧でした。だけど、イネコさんの様子に陰りを感じた頃から、カカシ先輩の様子も何かおかしかったと言うことを思い出したんです。ボクはイネコさんに惚れこんで浮かれていたけれど、カカシ先輩が疲れているのか何か悩んでいるのか、そんな変化にも気がついていました」
戸惑う俺にテンゾウはなんでもないことのように言う。
俺は、カカシ本人でいる間に、おかしな素振りなんて見せたはずはない。
そんなはずはなかった。

「あれは多分、ボクくらいにしかわからない変調だと思います。ボクと先輩はどれだけコンビを組んで来たと思っているんですか」
だけどそれは任務でのことだろう?
俺たちは、いつしか打ち合わせ抜きでも、視線ひとつ身動きひとつで次の行動を予測できるようになっていたが……

「そして、カカシ先輩がイネコさんではと考え出してから思い至ったことですが、イネコさんとカカシさんのボクを見る瞳は同じだった」
まさか……
そんなことがあろうはずがない。
イネコは恋する女の目をしていたはずだ。
俺は……普段からそんな目でテンゾウを見ていたと言うのか?



「なんでこんな馬鹿なことを……回りくどいことを……と、最初は頭にも来たし呆れもしました。戸惑いました」
俺は身を竦めた。
「だけどイネコさんの言葉と、イネコさんに告げた自身の言葉を思い出した。あれは全て嘘じゃない。本気でした。ボクは本気だったんです。ボクはあんなに誰かから愛されたことはなかった。ボクはこんなに人を愛したのは初めてだった」
テンゾウはそこで一息入れた。

「イネコさんが何者でもどんな姿でも構わないと、あの時誓った言葉は本当です。イネコさんがカカシ先輩だったとわかっても、ボクの気持ちに変わりない。変わるわけはない。だから今、ボクにとってイネコさんはカカシ先輩です」
テンゾウは淡々と告げる。
いや、淡々とした様子ながら奴の顔つきも眼差しも真剣そのものだった。
だが俺はテンゾウが何を言っているのかよくわからなかった。
わからない……

「イネコさんが結果、ボクを騙していたとしても、鬼でも蛇でも化け物でも、また男でも女でも、ボクの気持ちに変わりないと言った言葉を、カカシ先輩は信じてくれますか」
お前は誰に語り掛けているんだ。
お前が愛したのは空想上の女だ。
イネコなんかもうどこにもいない。
俺の心の中からも、もう消え去った。
消し去ったんだ。
お前が語り掛けるべき女はもう消えてしまったんだ。
俺に語り掛けても無駄だろう?

「カカシ先輩はずっとボクのことを信じて来てくれましたよね?だったら今度もボクのことを信じてください」
そうだ、俺はお前の実力ともども人柄も信じている。
そうでなければ何度も背中を預け死線を潜り抜けられるものか。
そして俺自身も、お前からの信頼を得ていると言うことは十二分にわかっていた。
その信頼を俺は裏切ったんだ。



「カカシ先輩」
テンゾウは俺の名前を呼ぶ。
俺に向かって話し続ける。

「イネコさんとしてではなくカカシさんとして、ボクと付き合ってください」
はっ?
俺は馬鹿みたいに口を開けてテンゾウの顔を見返した。
何言っているんだ、こいつ。
あんな酷い仕打ちをした男に向かって、何を言っているんだ?
憎むべき相手だろう?
蔑むべき行いだろう?

ああ、もしかして仕返しだろうか?
こんな夢みたいな台詞を俺が本気にしたら、後で嘲笑う魂胆だろうか。
確かに俺はそれくらいされて然るべきことをしている。
軽蔑され、嫌悪されるようなことをした。
情けなさに目の前が暗くなる。



テンゾウに、

蔑すまされる……


テンゾウに、

嫌われる……



心が悲鳴を上げる。





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2013/07/21〜2013/09/07(加筆修正)
(初出:2012/03/30、04/03、2013/01/16、01/18、01/18、01/21、01/22、01/25、01/25、01/31)




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