マスカレード





1.    2.    3.    4.    5.    6.










1.


「あ、カカシ先生が来たってばよ!」
ナルトの叫び声に心臓が止まりそうになった。
「カカシせんせーい!こっちですよー!」
その声に一番に反応したのはサクラだった。
そして、二人揃って大きく手を振り始める。

彼らの手を振る方向を見れば、そこにはボクの記憶の中の姿と寸分違わぬカカシ先輩の姿があった。
二年前と全く変わらない飄々とした足取りで、ボクらの方へのんびりと歩いて来る。
そのゆっくりとした歩みに痺れを切らしたナルトとサクラが駆け出す。

師に久しぶりに会った嬉しさを隠しきれずに、まるで子犬のようにカカシ先輩にまとわりついて、はしゃいでいる。
こんな二人を見るのも久しぶりだった。
「全くカカシ先生ってば、遅刻ばっかでちっとも変わらないってばよ。こんなめでたい日にまで遅刻するなんて、なってないってばよ」
「悪い悪い、ちょっと道に迷ったロバに遭遇してね」
「はい、嘘!」
すかさずサクラとナルトが突っ込むのもお約束だった。
「あんまり遅いから、もうカカシ先生、来ねーのかなーって心配してたってばよ」
「まさか、来ないわけないでしょー。ねー、ヤマト隊長!」
突然、サクラの矛先がこっちに向いた。
「なんたって、ヤマト隊長の結婚パーティーなんですからね!」

そう、今日はボクの結婚披露宴だった。
披露宴と言ってもそんなに形式ばった物ではなく、ちょっとしたガーデンパーティーだった。
サクラやナルト、サイ、そして暗部時代の後輩たちが音頭を取って、広場の一画を借りて宴を催してくれたのだった。
ボクの妻となった人は、少し離れた場所で友人たちと談笑していた。
妻の名はスミレ、ボクより三つ下の26歳、くノ一ではなく一般人だ。
すらりとした長身の美人だ。
夫の贔屓目抜きに彼女は美しい部類の女性だと思う。
今日の日のために誂えたシンプルな白いドレスが良く似合っている。
ボクはボクで、いかにも新郎と言った光沢のあるグレーのスーツを着ているが、勿論これはレンタルだ。

彼女とは一年前にアンコさんの紹介で知り合った。
ボクに憧れている女性がいると言って無理矢理引き合わされたのだった。
アンコさんの行きつけの甘味屋で働いている女性だと言う。
「ヤマト、あんた面食いなんだって?彼女、美人だから絶対気に入るって!」と言ってバンバンと痛いほど背中を叩かれたことを良く覚えている。
その頃のボクはやさぐれていて、女性と付き合う気など全く無かったのだが強引なアンコさんのお陰で、騙し打ちに近い形で出会いをセッティングされてしまった。
そして、二度目のデートも強引に決められ、三度目、四度目のデートも何故かアンコさん主導で決められ、何度か逢瀬を重ねる内にいつの間にかボクたちは付き合っているような……そんな状況になってしまった。
周りからはカップルとして扱われ、ヤマトもついに年貢の納め時だなどと囃し立てられたりした。
ボクは取り立てて否定もせず、彼女の人柄にも惹かれる面もあり、流されるようにその状況を享受していた。

二年前にカカシ先輩が里を出て行ってしまってから、ボクは抜け殻同然だったのだ。
彼女との出会いは、立ち直る切っ掛けになったとも言える。
カカシ先輩を諦める切っ掛けになったのだ。
カカシ先輩と出会って以来、先輩に恋をして追い掛けて追い掛けて、ひたすらカカシ先輩のことだけを考えて生きて来たボクが……
カカシ先輩を追い掛け続けること以外に幸せがあるなどと考えたことさえなかった男が……

普通に女性と恋愛をして、
普通に女性と結婚し、家庭を持ち、
普通の人生を歩んで行こうと、そう決心したのだった。

それなのに、今、ボクの心臓はカカシ先輩の名前を聞いただけで千々に乱れるのだった。








2.


「よぉ、テンゾウ」
サクラとナルトに引っ張られてやって来たカカシ先輩が、ボクの名前を呼ぶ。
相も変わらずの忍服姿だ。
と言っても、この広場に集まってくれているのは殆どが忍びだから、半分以上の人は忍服姿だった。
アンコやサクラやイノや若い女性陣は、華やかな服を身に付けている。
サクラやイノは、最近、急に大人になったような気がする。
彼女たちの成長にボクはしみじみと時の流れを感じていたが、変わらぬカカシ先輩の姿に一気に過去に引き戻されるような気分だった。
鼻の上まで引き上げられたマスク、斜めに装着された額当て、ほぼ顔は見えないいつものスタイルだ。
表情は読み難いが、いつものように目は柔らかく細められていた。
懐かしい笑みだった。
忘れようとして忘れ得ず、一日たりともボクの頭の中から消えなかった顔だ。
二年の月日が霧散するようだった。


「おめっとさん」
茶化すように祝いの言葉が投げ掛けられた。
「ま、まさかいらして頂けるとは思いませんでしたよ」
声が上擦る。
実はボクはカカシ先輩を正式に招待していなかったのだ。
招待をしようとなどと思いもしなかった。
カカシ先輩はボクが結婚するなどと聞いたとしても一顧だにしないだろうと思っていた。
後輩の私的行事などのために、はるばる任地から出向いて来るとは思えなかった。
だが、誰かがボクの結婚をカカシ先輩に伝えたのだろう。
ボク以外の誰かは、この二年の間、カカシ先輩と連絡を取ることもあったのだろう。

「お前まで酷い言いようだね。他ならぬ可愛い後輩の結婚式だもの、何を置いても出席するさ」
誰に言われ、何を考え、先輩はわざわざ出席してくれたのだろう。
様々な憶測が頭の中を駆け巡る。
「ありがとうございます」
昔も今も、先輩の考えはボクにとっては計り知れないことばかりだった。
ボクはともかく動揺を気取られぬように深々と頭を下げた。


カカシ先輩に気付いた妻のスミレが友人の輪を離れて、ボクの側にやって来た。
ボクは冷静を装い妻を紹介した。
妻は有名人であるカカシ先輩の登場に興奮しているようだった。
頬を紅潮させて挨拶をしている。
先輩は先輩で、いつものように飄々と、そしてそつなく対応してくれている。
初対面の差し障りのない挨拶が終わると、妻はまた友人に呼ばれて離れて行った。
「綺麗な人だね」と珍しく先輩がお世辞を口にした。
照れるよりも、冷たい汗が背中を伝う気がした。

ボクも何か話さなければ……
話したいことは山のようにあった気はしたが、いざ面と向かってみれば何を話したらいいのかわからない。
奇妙な沈黙が一瞬流れたが、すぐにボクも他の知り合いに呼ばれ先輩から引き剥がされてしまった。
次々に、友達や後輩や知り合いが、ボクに祝いの言葉を投げ掛け、手にしているグラスに酒を注いで行く。
さっきまでは美味しく重ねていた酒が、今はなぜか苦く、ボクはもう酔えそうもなかった。
ボクの視線はついついカカシ先輩の姿を追ってしまっていた。
カカシ先輩は先ずはナルトとサクラとサイに掴まって、主にナルトとサクラの二人に何事かぎゃんぎゃんと責められ、バツが悪そうに髪を掻いたりしていた。
多分、この二年間、可愛い弟子達からの連絡にさえ、まともな返事さえ返さなかったのだろう。
そして次には、暗部の後輩や先輩たちが、ここぞとばかりにカカシ先輩を取り囲み、先輩の姿は彼らの輪に埋もれて見えなくなってしまった。


ボクは表面上は冷静を取り繕い、友人たちと和気藹々と会話していたが、カカシ先輩の動向が気になって仕方なかった。
そんな時、ふとボクを囲む人の波が途切れた。
そしてその瞬間、突然カカシ先輩が現れた。
ありふれた瞬身の術だが、このタイミングと言い全くなんの気配も感じさせずにボクの真横にピタリと現れたのは流石としか言いようがない。
カカシ先輩はボクに耳打ちをした。
これはカカシ先輩の癖だ。
以前から割とどうでもいいことを、これ見よがしに耳打ちして来る。
これはやられた方はたまったものじゃなかった。
そして、今、囁かれた台詞に、ボクは自分の耳を疑った。
「俺、そろそろ失礼するよ。あ、零時過ぎには家にいるから」
ボクの耳にだけ届く囁きを残して、カカシ先輩はまた瞬身であっという間に消えてしまった。


「あー、カカシ先生逃げたわ!」
それを目敏く見つけたサクラが悲鳴を上げた。
「チクショー、この後、ラーメンおごってくれるって言ったのに!」
ナルトが地団太を踏む。
「あー、やられた!この後、付き合って貰おうと思ったのに!」
「カカシせんぱーーーい!つれないですよーーー!!!」
暗部の後輩達も、約束を取り付けられなかったのか悔しそうな雄叫びをあげた。


そんな阿鼻叫喚を他所にボクはボクであっけに取られていた。
一体、今、カカシ先輩はなんと言った?
そろそろ失礼するだって?
それは構わない。
出席しようが欠席しようが遅刻しようが先に消えたって、ボクは元々、カカシ先輩を招待していないんだから構わない。
勝手に来て、勝手に祝って、勝手に帰って、そしてなんだって?
零時過ぎになんだって?
家にいるからどうしたって?

今のは、昔と変わらない、こっそりとボクだけを呼びだす時と同じやり方だった。
人目を避けてボクに耳打ちをして風のように去って行く。
あの頃のボクは、そんなカカシ先輩の誘いに有頂天になり、優越感に浸ったものだった。
だが、今更?
しかも今日この日に?
夜中に抜け出して、会いに来いと言ったのか?
結婚のお披露目パーティーの真っただ中だぞ。
ボクたち夫婦は既に一緒に暮らし始めていたが、結婚式をした当日に新妻を置いて出掛けるわけはないだろう。
あんな言葉一つで、ボクがノコノコと出向くと思っているのだろうか。

今更、ボクになんの用が?
全く二年の空白が無かったかのように、ボクを呼び付けてどうするつもりなのか。
カカシ先輩にとっての、二年とは……
カカシ先輩にとってのボクとは……

どんなつもりで、そんな台詞を吐けたのか。
ボクは混乱するばかりだった。
だが、カカシ先輩の家になど行くわけはない。
行くつもりなど毛頭ない。
ボクは普通に結婚し普通に家庭を築き、カカシ先輩とは無関係の人生を歩んで行く決意をしたのだ。








3.


二年ぶりに訪れたその部屋は僅かに埃っぽい匂いがした。

それ以外は全く変わらない殺風景な部屋だった。


ボクが瞬身で部屋の中に突然現れても、カカシ先輩は驚きもしない。
それも昔と変わらない。
いつでも都合さえ付けば、ボクは昼夜を問わずカカシ先輩の誘いに乗ってこの部屋を訪れたものだった。


窓辺のカーテンは閉められ、灯りはベッド脇のテーブルに置かれた小さなナイトランプだけだ。
カカシ先輩は、寝巻代わりの袖なしのアンダーを着てベッドヘッドに凭れかかり本を読んでいた。
ボクの気配を感じて視線だけを投げてよこす。
これも以前と全く同じ様子だった。
夜の帳を纏ったカカシ先輩が醸し出す淫靡な匂い。
決して昼間は見ることのできない色だった。
いつだってこの部屋にボクを呼び出す意味はただ一つだった。
先輩にとっては、溜まった熱を吐きだす排泄行為に過ぎないのだろう。
ボクはそれでも構わなかった。
どんなことでもいい、カカシ先輩に触れられれば、側にいられれば構わなかった。
だがボクはボクで、そんなことはおくびにも出さずに、カカシ先輩に触れるのだった。


だが今日は、ボクはそんなつもりで来たわけじゃない。
ここに来るまで、カカシ先輩だって、そんなつもりで呼んだわけじゃないだろうと、自分に思いこませようとしていた。
そんなつもりって、どんなつもりだ。
まるでお笑い草だ。
そうだ、ボクはもうこの人の手を取らずに、肩透かしをくれてやればいい。
呼ばれたから来ただけであって、迷惑だと顔で態度で言葉で示してやればいい。
そうしたらカカシ先輩は少しでも残念そうな顔をするだろうか。
悔しげに眉を顰めるだろうか。
それとも、ボクがどんなふうに新妻を抱いて来たか語ってやろうか。
ボクのそんな内面を知ってか知らずか、カカシ先輩の片目がボクを見詰める。
暗い瞳が濡れたように妖しく光る。

たった一つの眼差しなのに、しかも写輪眼ではないはずなのに、ボクは幻術に罹ったようにカカシ先輩に引き寄せられるのだった。
ぱたりと本を閉じ、白い手を伸ばしてベッド脇のテーブルに本を置いた。
その白い腕が静かな夜の気配を掻き回すように閃いた瞬間、ボクの中の何かが切れた。
それを合図のようにボクはベッドに吸い寄せられ、ギシリと鈍い音を立ててベッドに膝から乗り上げていた。
ナイトランプの灯りを消そうと更に伸ばされる手を捕えて、カカシ先輩に覆いかぶさって行った。
逃れる気配など微塵も無い。
酷く当たり前のようにボクの腕の中に収まって来る質量も熱も全く変わらない。
カカシ先輩の匂いが鼻孔を突く。
吐息も、絡みつく腕のしなやかさも変わらない。
二年ぶりのカカシ先輩と言う名の毒に、ボクの全身はあっという間に犯された。
ボクを包み込む内壁の淫らさも全く変わらない。
ボクはこの人にこんなに餓えていたのかと、まざまざと思い知らされた。
かわす言葉も無く、ただ獣のように交じり合った。


白々と夜の明ける頃、ようやくボク達の身は二つに分かれた。
カカシ先輩は気だるげにうつ伏せになり、ボクはその隣で仰向けに横たわった。
乱れた呼吸を整える僅かに弾んだ息遣いが部屋に響く。
熱気の籠った室内にねっとりとした沈黙だけが流れる。
このずるい人は何も言わない。
ボクが口を開くまで何も言わないだろう。

なぜ、どうして、などと言う質問はするだけ無駄だ。
ボクが来ると確信していたわけでもなく、ただ、来ても来なくてもこの人にはどうでも良かった事なのだろう。
腐れ縁で、欲を開放するには丁度よい相手。
それがボクだ。
そんな事はわかっている。
わかっていてボクは、またこの人の誘惑に逆らえなかったのだ。
甘く苦い後悔が胸を焦がす。



あの大戦が終わった後、カカシ先輩は弱小国のひとつである湯隠れの里に招聘された。
忍び育成プログラムを作り上げる指導者として請われたのだ。
アカデミーさえない忍の里に、一から教育機関を作り、下忍育成のノウハウを伝授するためだった。
湯隠れの里から是非、コピー忍者のカカシをと名指しの要請があり、火影の命令もあり、先輩に断る権利は無かった。
「湯の国なんてぬるま湯に浸かり過ぎて湯あたりしちゃいそうだーよ」
そんな風に言って、先輩は最後まで乗り気ではなかったようだが、命令には逆らえなかった。
「でも先輩は指導者に向いていると思いますよ」
「気楽に言ってくれちゃうねぇ」
気楽になど思っているわけではない。
以前、カカシ先輩が暗部を離れ上忍師となった時など、全く連絡の取れなくなったカカシ先輩に対してボクは酷くヤキモキしたものだった。
何度か業務上の連絡を取ることはあったが、カカシ先輩が負傷して、第七班の隊長代理として呼ばれるまで、自分から連絡を入れることも出来ずに、ボクはもどかしくてたまらなかったのだ。
病院で再開したあの時だって、ボクは内心を押し隠して、久しぶりに会った可愛い後輩らしい挨拶に始終したのだった。

「どのくらいかかりますかね」
だからボクは、務めて冷静に尋ねた。
「さあ、二、三年を目処に考えているんだけどねぇ」
「二、三年ですか、寂しくなりますね」
あの時も一戦交えたベッドの上だったが、ボクの口調もカカシ先輩の口調も、単なる同僚がする世間話のようなものだった。
「お前も、そろそろ上忍師にでもなるといいよ」
夜の約束は取っても、ボクたちの間には明日の約束をすることは無かった。
それから数日後には、格段の別れを惜しむでもなく、先輩は湯隠れの里に旅立って行った。



あれから二年、カカシ先輩は一度も木ノ葉に戻って来なかったし、ボクも一度も連絡は取らなかった。
今日、戻って来たのだって、どうせ何かのついでか気紛れだろう。
カカシ先輩はこの後、どうするのだろうか。
二、三年だとは言っていたが、また湯隠れに戻るのだろうか。
またこうして巡り合ってしまえば、気になって仕方なかった。
きっとすぐに戻るに決まっている。
またボクの目の前から消えてしまえば、ボクは平穏な生活に戻れるんだ。
消えてくれ!
「湯隠れにはいつ頃、戻るんですか?」
祈るような気持で聞いた。
「あん?」
枕を抱えて目を閉じていたカカシ先輩がうっそりと目を開いた。
「いやもう戻らないよ。俺の役目は終わったから。後はイルカ先生でも送りこもうかねぇ」
ボクはその言葉を聞いて、力が抜けた。
消えてくれと願う側から、安堵し歓喜するする自分を感じていた。
「それともお前、行く?」
「いやですよ、カカシ先輩の後釜なんて」
「お前、新婚さんだものね」
カカシ先輩の声は笑っている。

「そうですね。朝までには戻らないと。お先にシャワーお借りします」
ボクも何でもないように答えてみせたのだが、
「眠り香でも使って来たんじゃないの」
ベッドから降りようと向けた背中に投げ掛けられた言葉に、心臓が跳ねた。
『眠り香』とはその名の通り、睡眠を誘い睡眠がより深くなる香だった。
無味無臭、自覚もなければ常習性も無い。
実のところ、妻の寝入った寝室に『眠り香』を焚いて、素知らぬ顔で抜け出てこようと思わないでもなかった。
だが、実際には突然、任務に呼び出されたと偽って出て来たのだった。
一般人のスミレは、忍者と言う物はそう言うものだと納得して送りだしてくれたのだった。
不実と言えば、『眠り香』を使おうが、嘘を使おうが不実には変わりない。
そして今更のようにカカシ先輩と寝たこと自体も、何もかもが不実だ。
一体、ボクは誰に対して後ろめたさを感じていると言うのか。

埒も無い考えを振り払い、不実の証を洗い流すためにボクは下着だけを身に付けてベッドから出る。
カカシ先輩がくすくすと性質の悪い声で笑い続けている。
無視してさっさと風呂場に直行だ。
逃げるように寝室から出て行く背中に、追いうちを掛けるような声が聞こえた。
「あの女、ちょっと俺に似てるよね」
笑いながらそう言う声が刺のようなにボクの心臓に突き刺さった。








4.


似ているわけはない。
カカシ先輩とスミレは似てなんかいない。

ボクの妻スミレは細身の長身で、まるでモデルのような体型で、目鼻立ちのくっきりとした派手目な顔つきの美人だ。
甘味屋の看板娘で、スミレ目当てで通って来る男性客も沢山いたらしい。
だからボクはスミレと付き合い始めた時、色んな奴らから酷く羨ましがられたものだ。
アンコさんは、何故かボクの事を面食いだと決めつけてスミレを紹介してくれたが、ボクは取り立てて面食いと言うわけではないと思う。

スミレのことだって、顔に惹かれたわけではない。
実を言えば、初対面の時、彼女のことをそれほど美人だとか、はっきりと認識したわけではなかった。
ただ、標準よりは整った顔をしていると思ったか思わないかくらいだったと思う。
はっきり言ってボクはスミレと付き合うどころか、女性とも誰とも付き合う気などなかったのだから。
だが、なし崩し的に付き合いが始まり、「あんな美人と付き合えて羨ましい」とか周りから散々冷やかされて、ああ、彼女は本当に美人なのだと、納得したのだった。
男として、羨ましがられれるほど美しい女性を恋人にしていると言うのは悪い気はしなかった。

だが彼女が美人でなくとも、ボクは彼女のハキハキとした明るい性格に惹かれて行っただろう。
アンコさんと気が合うだけあって、彼女も芯が強いと言うか、かなりきつめと言うか、押しの強い性格ではあった。
彼女のペースに巻き込まれて結婚にまで辿りついた感はあるが、そんな女性でなければボクなど到底結婚は出来なかっただろう。
ボクは彼女に……いや、彼女が与えてくれるだろう普通の生活に憧れたのだ。
誰憚ることなく交際し、羨まれ、祝福されると言うこと。
女性と結婚し普通の家庭を持つと言うレールに惹かれたのだ。

スミレはスミレで、ボクが里の復興に尽力する姿を遠目に見て憧れを抱いたのだと言う。
付き合って行く内にわかったことだが、彼女は割とミーハーで、名の知れた忍と近づきになりたかったようだ。
多分、ボク以外の忍と巡り会う機会があれば、相手はボクでなくとも良かったのだろう。
少しばかりミーハーでも、それはそれで人間らしくていいと思った。
ボクは彼女のやや見栄っ張りな所も我儘な所も、可愛いと思ったのだ。
それに出会いとしては悪くない。
同僚の紹介で知り合うなんて、ごく普通の事だろう。
人は、限られた世界の中で、縁を結ぶものだ。
世界中の人間と巡り会うことなんか出来ないのだから。
そう考えれば、ボクたちは互いに丁度よい相手だったのだ。
偶然も必然もひっくるめて、縁とはその程度のものではないだろうかとボクは考えている。





カカシ先輩と知り合ったのだって、カカシ先輩が先に暗部に居たと言うだけの話だ。

カカシ先輩の容姿にしたって、ボクは最初から美しいだのそんな風に思った事はなかった。
第一に、先輩は出会った頃から覆面忍者で怪しさ全開だった。
素顔を拝んだのだって、知り合って随分経ってからだった。
カカシ先輩は、既に分隊長で、暗部のエース級の忍者でもあった。
そんな相手に抱く感情は、先ずは畏怖とか尊敬とか憧れだろうか。
だが、実際はそんなこともなかった。

写輪眼のカカシの二つ名に恥じない能力者だった。
また頭脳明晰で、先輩の立てる作戦に間違いは無かった。
あの頃の先輩は、今よりもずっと無愛想で取っ付き難くて尖った雰囲気をまとっていたが、下の者の面倒見も良く、暗部の仲間に慕われていた。
それでも何故か、ボクが先輩に抱いた印象は「胡散臭い」の一言だった。

臨機応変と言えば聞こえはいい。
カカシ先輩は自分で立てた作戦も、任務遂行中に、勝手に変更することがままあった。
そしてそれが必ず功を成すものだから、例え途中どんなに振り回されたとしても、文句のつけようがなかった。
しかも、本人自身が先陣を切り、一番危険な役回りを買って出るのだ。
いきなり変更され振り回されながらも、誰もが先輩を信頼するのはそう言うわけだった。

そして漏れ聞こえて来るカカシ先輩の悲劇に彩られた過去。
多分、ボクの凄惨な生い立ちと勝るとも劣らずだろう。
だがここは忍びの里だ。
悲運に見舞われた孤児なんて吐いて捨てるほどいる。
それでも、過去を乗り越え里に尽くす姿は、称賛に値するだろうか。
耐え忍ぶもの。
まさしくカカシ先輩は、里に忠義を尽くす模範的な忍そのものだった。
それなのにボクにはカカシ先輩の全てが偽善的に見えて仕方なかった。
それは圧倒的力量を持つ男への同じ男としての対抗心だったろうか。
生意気盛りだったボクは、口に出すことは無かったが、内心、カカシ先輩に反発心を抱いていたのだと思う。
きっとそれは薄々態度にも現れていて、勘のいい先輩には気付かれていたのだと思う。



「囮役はボクにさせてください」

ある日の任務のことだった。
今回もかなり危険度の高いものだった。
カカシ先輩はいつものように作戦を指示し、これもまた当たり前のように、自分が一番危険な役割を担うと説明した。
『カカシに任せておけば間違いはない』と言う暗黙の了解の元、異議を唱える者は誰もいないのも慣例だった。
それを破り、ボクは口走ってしまった。
場の空気が変わった。
図面を囲む者は皆、面を被っているので表情は見えずとも、一様に驚きと緊張が走ったのがわかった。

カカシ先輩さえ、ほんの一瞬、身体を強張らせたような気がする。
だが、それも一瞬にことだった。
「生意気言ってんじゃなーいよ。これは、お前さんの仕事じゃない」
いつもと変わらぬ口調に、他の隊員たちの緊張も解け、皆、口々にボクに対して「勇ましいな」だの「死に急ぐな」だの、揶揄する言葉を投げ掛けて来た。
「ま、とりあえずお前さんの心意気は買うよ。それでは、散!」
ボクの肩をポンと叩くと、再び厳しさを取り戻し、歯切れのよい掛け声と共にカカシ先輩は姿は消えた。


ボクではまだ力不足だと言われたのだ。
ボクの実力では、危険度の高い仕事は任せられないと言われたのだ。
歯牙にもかけられなかったのだ。

ボクはその時、いつかこの人に認められたいと思った。
この人に認められる男になりたいと思った。
この遥か高みにいる先輩を、凌ぎたいと思ったのだった。








5.


「まったく、なってないよね、今の若い奴らはっ!」
カカシ先輩は息を弾ませながら罵りの言葉を絶え間なく吐き捨てている。
「ね、お前も、そう思うだろう?」
「は、はあ……」
ボクは曖昧に声を濁して相槌を打つのがやっとだった。
「それとも俺が年を取った証拠なのかねぇ」
「うわっ、先輩っ、抜けちゃいますよ!」
カカシ先輩はボクの上でガンガン腰を振っている。
無茶苦茶に腰を跳ね上げるものだから、ボク自身が勢いよく抜け出るどころかへし折られそうな恐怖さえある。

「ちょっ、カカシ先輩、いい加減、集中して貰えませんか」
上に乗られたままいつまでも好き勝手にピストン運動されてはたまったものじゃない。
「何言ってんの。お前、気を抜くとすぐイっちゃうじゃない」
これは、自分が満足するまでボクに射精するなと言っているのだ。
全く我が儘だ。
ボクのことを突っ込み棒くらいにしか思っていないのだろう。

カカシ先輩は時折り、こう言う八つ当たり的なセックスをすることがあった。
ボクを押し倒し、有無を言わせずボク自身を引きずり出し、無理矢理勃起させて勝手に乗かって、一人で興奮して何か喚き散らしながら果てる。
たいていは何かストレスが溜まっている時だ。
全く人のことをなんだと思っているんだと思いながらも、毎度ボクは付き合わされていた。
一回か二回抜いたら大人しくなるだろう。
それから体勢を入れ替えて……などと、ボクも腹の中では皮算用しているのだ。



結婚式のあの夜以来、二週間ほど里内でカカシ先輩の姿を見掛けなかった。
多分、里には戻っているのだろうとは思ったが、特に連絡は無かった。
ここ数日、ボクも忙しくって、三日ぶりに自宅へ戻る所だった。
誰かが家で待っていてくれると言うのは良いものだった。
受け付けで事務処理を済ませて家路を急いでいると、商店街で先輩とばったり会った。
一瞬、待ち伏せされていたのだろうかと思ったが、カカシ先輩はすぐそこの本屋から出てきた所のようだった。
ボクの顔を見るなり、右手で杯を傾けるような仕草をして、
「ちょっと付き合いなさいよ」と言うなり、踵を返して歩き出した。
日はまだ完全には落ちきっておらず、夕暮れに差しかかったばかりの早い時間だった。
まあ、一杯くらいなら……と着いて行ったのが間違いだった。

馴染みの居酒屋に一番客として入り、当たり障りのない近況報告的な世間話をしながら飲んでいた頃はまだ普通だった。
カカシ先輩はやたらと今の任務についてぼやいていた。
どうやら、暗部に関わっているらしい。
ボクは既に暗部を離れているし、任務には守秘義務があるし、はっきりとは口にしなかったが、だいたいの口ぶりで察しはついた。
それに幾ら守秘義務と言っても、この程度のことならボクら上忍にはいずれ漏れ聞こえて来る範疇のことだった。

あの大戦後、根は解体された。
暗部も解体の話しもあったが、暗部は縮小されて持続していた。
だが、あまり弱小化させては、新たな勢力やまた影でダンゾウのような者を生みだしかねない。
質、パワーバランスが難しい所だった。
そこで暗部の組織改革を図ることになりカカシ先輩に白羽の矢がたったようだ。
これも適任と言えるだろう。
カカシ先輩は暗部の生きる伝説だ。
この二週間ほど、暗部に関することで忙殺されていたらしい。
ボクや先輩の居た頃の暗部とは随分性格が違ってしまっているようだった。

疲れた疲れたとぼやく先輩を労って、今日は居酒屋で別れるつもりだった。
だが、帰る方向が同じだったのがいけない。
ボクの家より先にカカシ先輩の家があったのがいけない。
カカシ先輩の家の前まで来た途端、ボクはまた「ちょっと一杯」のノリで家に引きずり込まれてしまった。
しかも「ちょっと一杯」は、今度はベッドの上だった。


カカシ先輩はボクをベッドに押し倒すなり、額当てをむしり取るように外しサイドテーブルに置き、重いベストをドサリと床に脱ぎ捨てた。
すぐにベッドに乗り上げて来て、ボクの下半身に顔を伏せた。
ボクはなんとか半身を起してベストやら上着を脱ぐのがやっとだったが、ボクの都合にお構いなしに、ズボンの前は寛げられ、自身が引き摺り出された。
ボクの分身と言えば、今から起こることを考えただけで兆し始めていた。
と言うよりも、カカシ先輩の家に足を踏み入れた時点で、ボクの身体は既に知っている快感を思い出して逸り始めていた。
二週間前に二年ぶりの飢えを満たしたと言うのに……
あの夜は、ボクはカカシ先輩の身体に餓えていたことを自覚させられたと言う方が正しいだろうか。
二週間ぶりのカカシ先輩の身体を前にボクは激しい情欲を感じざるを得なかった。

いつもは見えない形の良い唇が見えているだけで目の毒なのだ。
あの白く長い指に摘ままれ、パクリとボクを咥える様を目の前にしては滾らずにはいられない。
カカシ先輩はボク自身を頬張りながら、片手を後ろに這わせていた。
いつもは、ボクが丁寧に解きほぐす蕾を己の指で押し開き、強引に準備を整えている。
ボクの方も、あっという間にカカシ先輩の口いっぱいに育った。
先輩はボク自身を口から解放すると、足首に半端に絡まっていたズボンを蹴って脱ぎ捨て、残る上着を脱ぎながらボクに跨って来て、いつもよりも性急に後ろの口に飲み込んで行った。
「はっ、あっ、ああああっっっっっっ……」
やはり痛みは伴うのだろう悲哀な嬌声を隠しもせずに上げながら、腰を落として行った。
ぎちぎちと狭い内壁を削り取りながらすっかり根元までボク自身を飲み込んでしまうと、カカシ先輩の動きは止まった。
内壁がうねうねと蠢いて締め付け、口いっぱいに頬張ったものの大きさを味わっているかのようだった。
しかし内部に馴染むのも惜しむように、カカシ先輩の腰は弾み出す。
切り裂かれる痛みに苦悶の表情を浮かべながらも、己の腰を揺すってずぶっずぶっと出し入れする。
その内、カカシ先輩は痛みさえ快感に代え、苦悶の表情は悦楽のそれへと変化して行くのだった。


「あんっ…んっ……もうねっ、アカデミーみたいなことから始めなくちゃならないとは思わなかったよっ……くっ……アンッ……」
そして快感を追いながらも今の暗部の状況をぼやき始めたのだった。
「ア、アカデミーですか?」
ボクはボクで、自分の目の前で繰り広げられる悩ましい痴態に追い詰められて行く。
ただでさえ締め付けの激しい先輩の内壁に包まれ、強引に擦りあげられている状況は、気を抜けばあっという間に持って行かれそうだった。
仕方なく、暫くは話しを合わせて気を反らせることにした。

「……くふっ……ンンッ……総隊長なんて名ばかりのっ……あんっ……幼稚園の先生だよっ……はっあんっ……そこっ……そこぉっっっ……」
カカシ先輩がズブリと根元まで飲み込むほど身体を落としたのに合わせて下から突き上げれば、先輩の身体はびくびくと身悶え、内壁も嬌声も激しく震えた。
憤懣やるかたない様子で喚かれる愚痴を要約すると、どうやらカカシ先輩は暗部の「総隊長」と言う位についたらしい。
今までそんな位は無かった。
暗部は少人数の班があり班ごとに分隊長がおり、その分隊長を取りまとめる隊長がいて、その上は火影様だった。
つまり火影様に代わって暗部全体を取りまとめると言う、カカシ先輩いわく、しがない中間管理職と言う役職になるらしい。
居酒屋での愚痴よりも、ベッドの上ではかなり具体的な愚痴になっていた。
ボクの口が堅いと踏んでの愚痴だとは思うが、そんなことまで口外してしまっていいのだろうかと思うことまで、カカシ先輩は腰を振りながら喚き散らしていた。

「いいんですか、そんなことまで口外してしまって」
だからボクはやんわりと注意を促したのだが、
「かまわないって、うんっっっ、ああああっ……アアアッッッ、だめっっっっ、だめぇっっっっ……」
重なる刺激にボクの我慢もそろそろ限界だった。
とりあえず先にいかせてしまえとばかりに先輩の動きに合わせて下から激しく突き上げると、カカシ先輩はあらぬ悲鳴を上げて大きく身体を震わせた。
「やっぱり駄目なんでしょう?」
「ちっ、ちがっ……お前っ、補佐に……ひっ……ああああっっっっ……指名しといたからっっっ!!!!」
「はぁっ?」
ボクが間抜けな声を上げるのとカカシ先輩が絶頂を極めるのと同時だった。
そして、押し潰されるような激しい締め付けにあってボクもカカシ先輩の中に放っていた。




「いやですよ。ボクは辞退しますよ」
「そんなことを言わずに。俺が見込んだ後輩はお前だけだってば」
「もうそんな口車には乗せられませんよ」
「俺一人じゃ、小隊まで目が回らないのよ。補佐してよ」
「いやいや、ボクにも無理ですって」
「頼むよ、テンゾウ」
耳元でカカシ先輩が囁く。
仰向けに寝転ぶボクの身体の上に、少し身体をずらしてカカシ先輩はうつ伏せに重なっている。
下半身は繋がったままだった。
カカシ先輩の内部は、時折り痙攣して射精したばかりのボクを締め付けている。
再びボク自身が復活するのを待っているのだ。
たまらなく色っぽい状況には違いないが、話している内容は殺伐としている。
ただしカカシ先輩の声だけは悪魔の囁きだ。
要注意だ。

「でねも、ほぼ決定事項だと思うから。ま、諦めてせーぜー働いてよ」
ほら、これだ。
ボクには拒否権なんかない。
カカシ先輩は自分の役職が中間管理職だと言うが、それはボクの方だろう。
カカシ先輩はボクをこき使う立場だ。
カカシ先輩の下につくと言うことは、また手足のようにいいように使われると言うことだ。
溜め息しか出ない。
「すぐには無理ですよ。ボクの今の任務だって一応、引き継ぎが必要ですからね。それからってことになりますが、それでボクは何をすればいいんです?」
「何って、今はこっちを頑張って貰わないとっ」
カカシ先輩がボクを意図的に締めつけながら、ボクの腹に濡れた自身を擦りつけるようにして腰を回し始める。
ボク自身は再び先輩の内部を押し広げるように息を吹き返しつつあった。

任務でこき使うがごとくボクをそそのかすと思えば、この熱い淫らな身体でもボクを誘惑する。
ボクはいつだってカカシ先輩の誘惑に逆らえなかった。
今も昔も……








6.


暗部に入隊したばかりのボクは生意気盛りだったが、てんで子供だった。
アカデミーに通ったことも無く、あまり他人と関わることもなかったボクは色々なことに疎かった。
特に性的な事に関してはまるで疎かった。
知識としては知っていたが、性の目覚めも遅く、そう言った事に対して興味は薄かった。
今にして思えば、暗部の中には時折り不道徳な雰囲気が漂っていることがあったが、隊員同士がとか、まして同性同士などと言うことがあろうとは思いもよらない事だった。
ガキだったボクは、それを目の当たりにするまで考えもしなかったのだ。



ある日ボクは仮眠室に本を忘れたことに気がついて、仮眠室に行った。
誰かが眠っているかもしれないと言う配慮から静かにドアを開けた。
仮眠室は、畳敷きで隊員が数十人でも雑魚寝出来るほどのだだっ広い部屋だった。
昼間でも寝られるように窓は暗幕が掛けられていて、その時も暗幕は閉じられていて部屋は暗かった。
一番最初に感じたのは、荒い息遣いだ。
誰かが病気か何かで苦しんでいるのかと思った。
部屋の奥の方の布団だ。
一瞬で、二人いると言うことがわかったので、どちらかが介抱しているのかと思ったが、次の瞬間、本当に一瞬でそれが何をしているのか子供のボクにもわかった。
隊員同士が……いや、男同士が後背位で交わっていた。
ボクは慌ててドアを閉め、今来た廊下をすっとんで戻った。
誰と誰だったかまではわからなかったが、確かにあれはセックスの最中だった。
しかも男同士だったのも間違いない。
拙い所に出くわしたと言う焦りと驚きはあったが、男同士だと言う嫌悪感は不思議とわかなかった。

任務に置いてはチームワークは存在したが、暗部は元々、仲良しこよしのお気楽クラブなどではない。
暗部は死に一番近い部隊だ。
己の死も他人の死もだ。
危険度の高い任務も、汚れ仕事も、なんでもありだった。
朝、別れた仲間と、夜、再会出来る保証などどこにもなかった。
荒んでいるとか殺伐としていると言うわけではなかったが、暗部には一種独特の雰囲気があった。
たが、常に死を意識してばかりいては緊張感に押し潰されてしまう。
息抜きと称して羽目を外す時はとことん外した。
ギリギリの任務の後、隊員たちはとことん開放的になった。

性に疎いボクにも、セックスはその延長なのではないかと言うことが薄々は察せられたのだ。
隊員同士がストレスを発散するようにセックスをすると言うことも、無意識にせよ理解出来たのだった。
だがボク自身は、まだ性的にも未熟だったので、自分がストレスの解放にそう言う手段を取るなどと言うことは考えられなかった。
いや純粋な意味でも、ボクはまだセックスをしてみたいとは思わなかった。
生い立ちや性格的なものもあっただろうか、他人と深く交わうことに少なからず嫌悪感もあったのだと思う。



そう、本当に子供だったのだ。
頭でっかちの子供だったのだ。
例え他人のセックスを覗き見したとしても、書物で知ったとしても、それは知識にしか過ぎなかった。

その頃、スリーマンセルで任務につく時は、ボクはカカシ先輩と猪の面の先輩と組むことが多かった。
猪の面の先輩はカカシ先輩よりも更に年長で奥さんも子供もいる人だった。
だからボクは思いもしなかったのだ……


カカシ先輩を隊長としてスリーマンセルで任務を終え、里に戻る途中のことだった。
ボク等は古代の森の中で野宿することになった。
三人で横になってもまだ余裕がある大きなほら穴を見つけ就寝した。
入り口付近にはカカシ先輩が陣取り、必然的にボクはほら穴の奥にやられた。
疲れていたボクはあっという間に寝ついたのだが、少しして何故か目が覚めた。
ボクのすぐ横で、泣き声を押し殺すような、啜り泣きのような奇妙な声が聞こえた。
薄く眼を開くと、ほら穴の入り口からは月明かりが射しこんでいて、重なるシルエットがはっきりと見えた。
驚きに上げそうになった声を必死で押さえた。
四つん這いになったカカシ先輩の身体が激しく揺さぶられている。
カカシ先輩の腰を鷲掴んだ猪の面の先輩が獣のように腰を打ち付けていた。
何をしているかなんて、これもまた一目瞭然だった。
ボクはその情景に目を丸くしたまま、固まった。
瞬きすら出来なかった。

カカシ先輩はぐったりと上半身を地に平伏すようにして揺さぶられていた。
横顔を土に押し付け、拳を口元に当てて声を噛み殺しているようだった。
苦しげな表情をしている。
そうだ、声だってこれは痛みに呻いているのではないだろうか。
カカシ先輩だって、ここに辿りつくのもやっとの様子だったしかなり疲弊していた。
これは、助けるべきなのか……などと、ボクの混乱した頭の中で埒も無い考えがぐるぐる回っていた時だ。
カカシ先輩の右目がスッと開いた。
目が合ってしまい、ボクはまた叫びそうになったが、手で口を押さえて必死で叫び声を殺した。
バツが悪いとか寝た振りをするとか、そんなことを考える余裕も無く心臓が破裂しそうなほどにバクバクしている。
ボクの見ている前で、カカシ先輩の目は笑みの形に細められた。
その時、確かに先輩は笑った。
それから噛んでいた拳を開いて人差し指を一本立て唇にあて、「しっ」と言うジェスチャーをした。
ボクは頷くことも、何の反応も出来なかったが、再びカカシ先輩の目は閉じられ、握った手もまた軽く口元に当てられ、また行為に没頭したようだった。

猪の面の先輩もボクが起きたことに気がついたのかはわからない。
だがカカシ先輩は先程より息遣いを押さえなくなり、揺さぶられるだけの腰を自ら振り始めたようだった。
結合部の卑猥な音が響く。
ボクは目を閉じることも耳を塞ぐことも出来ず、二人がまぐわう姿をじっと見詰めていた。
二人は行為の間も終わった後も言葉を交わすことなく、終わった後はざっと身繕いをして別々の所に転がって寝ついたようだった。
その後、ボクはズキズキと痛む股間を握りしめて、夜を明かした。



それからのボクは自慰を覚えた猿のようなものだった。
寝ても覚めても、あの時のカカシ先輩の姿が目に浮かび、股間を熱くした。
カカシ先輩の息遣い。
声を押し殺し、それでも漏れ聞こえたイった時のうめき声。
ぐちゅぐちゅとボクの耳を犯した接合部の立てる濡れた音。
高く突き上げられた白い尻がボクの脳裏で揺れていた。

ボクの目は狂おしくカカシ先輩の姿ばかりを追い掛けていたと思う。
周りの年嵩の他の先輩たちは、そんなボクの変化に気がついていただろう。
あからさまに卑猥な声を掛けられることも多くなった。
猥談に誘われることも、本気か悪ふざけかはしらないが、単刀直入に粉を掛けられることも多くなった。
彼らはもうボクがいても特に気にすることも無く、なんのてらいも無くセックスに耽ることもあった。
ボクはそんな行為を何度か盗み見ることもあったが、カカシ先輩以外のセックスを見ても全く興奮しなかった。
ボクはその乱交に混ざりたいとは全く思わなかった。
ただ、カカシ先輩の姿だけがボクの下半身を熱くした。

ボクはカカシ先輩が、猪の面の先輩と寝る姿を何度も盗み見た。
その頃、カカシ先輩は猪の面の先輩と組むことが多く、必然的に任務後にセックスに誘われることが多かったようだ。
先輩は余程疲れていなければ断らない。
疲れていても、ただ揺さぶられて相手が射精するのを待つようなそんなセックスをすることも多いようだった。
猪の面の先輩以外とも交わることも度々あった。
セックスは2人だけでするものでも無いと言うことも、その頃ボクは知った。
数人にかわるがわる犯されるカカシ先輩の姿を見て、ボクも何度も股間を爆破させた。
食い入るように盗み見し、股間を熱くし、ついには自分で扱き出すボクの気配なんてだだ漏れも同然だったろう。



その日も野営だった。
カカシ先輩は大木に縋りつき立ったまま後ろから犯されていた。
赤黒くいきり立ったものがカカシ先輩の白い尻の間から見え隠れする。
ピストン運動が激しくなり先輩を犯していた大男の丑の面の先輩はうめき声を上げて身体を硬直させた。
それに合わせるようにカカシ先輩の背中がヒクリヒクリと震えた。
そして暫くして二人は離れ、丑の面の先輩は去って行った。
カカシ先輩は木に縋りついたままハアハアと荒い呼吸をしている。
時折り尻も痙攣するように震わせていた。
その内、あの尻の奥に注がれた精液が流れて来るに違いない。
ボクは先輩の太腿に精液が伝う姿も見たことがある。
尻の穴を目一杯に押し開かれて、精液があふれる姿を覗かれている先輩を覗き見していたことともある。
カカシ先輩はあの穴に指を突きいれられ掻き回されると悲鳴を上げてのたうち回ることもあった。

ボクの股間は最大まで膨らみズキズキと痛みそろそろ限界だった。
このままボクもそっと離れて、いつものように一人で抜くか、カカシ先輩が立ち去るのをこの場で待ってから抜くか……
そんな事を考えながらもボクは先輩の尻から目が離せないでいた。
その時、カカシ先輩がボクの名を呼んだ。



「テンゾウ。そんな所で指を咥えていないで、お前も来るといいよ」

カカシ先輩は甘い甘い蜜だった。





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BGMはハチャトリアンの「仮面舞踏会」ワルツでお楽しみください!
そう言う雰囲気の似合うようなお話を目指しています。
少しでもそんな風に感じ取って頂ければ嬉しいです!


2014/07/02〜




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